結論
オーストリア流投資の肝は、平常時に小さな損をいとわずに「暴落時にだけ強い武器」を持っておくこと。実務では次の二択が中心になる。
1つ目は割高局面では現金比率を上げ、安値で一気に株式へ再配分するスイッチ戦略。
2つ目は毎月ポートフォリオの0.5パーセントだけ深いプットオプションに保険料として支払い、残りの99.5パーセントを株式に置いておく戦略。
これにより通常時は見劣りしても、ブラックスワン級の暴落が起きた瞬間にパフォーマンスを大逆転させ、長期の平均成績でS&P500の過去平均を上回る可能性が高まる。
この記事の狙い
動画の全体像を初心者にもわかりやすく、できるだけ削らずに解説する。
オーストリア学派の思想背景、テールヘッジの実務、ミゼス流スイッチ戦略、定量目安、銘柄スクリーニングの考え方までを具体例と数字でまとめる。
ブラックスワンとは何か
ブラックスワンは次の特徴を持つ市場イベントを指す。
異常であること。衝撃が非常に大きいこと。発生後に誰もがもっともらしい理由を後付けしてしまうこと。
歴史的には何度も起きており、予測は困難だが、起きる前提で資産設計をすることは可能である。
オーストリア流投資の哲学
近道で利益を取りにいくのではなく、あえて迂回して将来の大きな利益を狙う。
例としてマシュマロ・テストや道具作りの比喩が使われる。今すぐの利得を下げてでも、暴落時に圧倒的な有利を得る仕込みを続ける。キャリートレードやレバレッジのような短期的利回り追求と正反対の発想である。
介入相場と歪みへの視点
中央銀行の過度な介入は市場の新陳代謝を遅らせ、脆弱性を蓄積させる。
小さな自然火災を許容しない森が大火に弱くなるのと同じで、金融でも歪みはいつか暴落という形で精算される。従って、暴落を前提に設計したポートフォリオほど長期で合理的になる。
実務で使える二つの中核戦略
1 ミゼス流スイッチ戦略
概要
割高指標が高い時は現金や短期国債へ退避。割安になったら全額株式へスイッチ。
指標の例
当為のQに相当する指標やPBRを市場全体で見る。動画では参考値として当為のQが1.79、S&P500のPBRが5.5倍近辺というような水準感が示され、割高局面の目安となる。
運用イメージ
1 市場が割高なら100パーセントを現金等。
2 大きな調整が来て割安に戻ったら100パーセントを株式へ。
短期の見劣りを受け入れ、暴落時に資本を温存して一気に投入する。
2 テールヘッジ戦略 プットの定額購入
基本配分
毎月ポートフォリオの0.5パーセントで大幅アウトオブザマネーのプットを買う。残りの99.5パーセントは株式インデックスに投資する。
なぜ効くのか
平時は保険料がマイナスに見えるが、暴落時に数十倍から百倍を超える価値に化けることがある。例として日経225プットが1営業日で約80倍になった事例が紹介された。16万円が1300万円に相当する規模感で、暴落直後に株式へ再投資する原資になる。
期待超過収益
割高局面でこの保険を続けると、平均して年率で約4パーセントの超過収益が狙えるという示唆。割高が強いほど効きやすい。
実務メモ
満期は毎月ロール。権利行使価格は現値よりかなり下のストライクを選ぶ。金額は厳守し、0.5パーセントを越えて賭け金を膨らませない。
二つの戦略を並べて見る簡易表
観点 | ミゼス流スイッチ | プット定額購入 |
---|---|---|
平時の見え方 | ブームから取り残され見劣り | 毎月コストで微損が積み上がる |
暴落時の効き方 | 現金で安値一括投入 | プットが数十倍になり原資を得る |
必要スキル | 割高割安の全体観指標を継続監視 | プットの銘柄選択とロール運用 |
守るべき規律 | 割高時は現金徹底、焦って入らない | 毎月0.5パーセントを厳守、欲張らない |
誤りの典型 | 上昇に耐えられず途中で入ってしまう | 途中でやめて暴落だけ食らう |
銘柄選びの補助線 ジークフリート投資の要点
条件は二つに要約できる。
一つ目は高いROIC 企業の内部留保を再投資して複利で成長できる体質。
二つ目はファウストマン比率の低さに相当する割安性 実務では近似としてPBRの低さで代用できる。
実務ヒント
魔法の公式の簡略版に近い。ROICやROEなどの収益性が高く、かつPBRが低い銘柄を機械的にスクリーニングし、定期的に入れ替える。配当でなく再投資を重んじる企業文化を好む。
初心者でもできる段取り 手順を具体化
1 目的を定義する
暴落時に資産を守りつつ、回復局面で市場平均を上回る伸びを狙う。
2 リスク資産と現金の器を分ける
証券口座を二つの仮想レーンに分け、株式レーンと保険レーンに分離管理する。
3 プット保険のルールを紙に書く
毎月末、評価額の0.5パーセントで現値より大幅に低いストライクの指数プットを購入。満期到来時は淡々とロール。裁量で金額を増やさない。
4 スイッチ判定のダッシュボードを作る
市場全体のPBRや当為のQ、バフェット指数など割高指標を月次で記録。自作の閾値を超えたら現金化、閾値を割れたら株式へ全力回帰。判定は月1回に限定し、ザラ場の感情で動かない。
5 ジークフリート式スクリーニング
四半期ごとにROIC上位かつPBR下位の銘柄を抽出。10から30銘柄に分散。機械的リバランスを継続する。
6 暴落時の行動計画を事前に書いておく
例 プットで得た利益の50パーセントを段階的に株式へ、残りは更なる下落用に温存。下落幅に応じて投入比率を増やす。
数字で見る破壊力とコストの現実
保険料コスト
0.5パーセントを12カ月で年率約6パーセントの逆風になる計算。ただし暴落が発生した年には一撃で回収し大幅プラスに転じることがある。
プットの倍率例
1営業日で約80倍という実例が紹介された。現実運用では常にこうなるわけではないが、テール時の非線形な恩恵が設計の中核である。
指数の割高感
参考としてS&P500のPBRが5.5倍近辺、当為のQが1.79といった水準感は、割高局面の一つの手がかりになる。割高ほど保険が効きやすいという考え方につながる。
なぜ長期でS&P500平均を上回り得るのか
市場平均は暴落で大きく毀損する瞬間がある。
オーストリア流はその瞬間に資本を守るだけでなく、むしろ増やす設計にしているため、時間加重でみた複利曲線の落ち込みが小さくなる。ドローダウンが浅いほど、同じ上昇率でも到達資産は大きくなる。リスク調整後だけでなく、名目トータルでも上振れしやすい。
ありがちな誤解と落とし穴
プットで一攫千金を狙う
保険は資産全体の0.5パーセントが前提。倍率だけを見て掛け金を増やすと、暴落が来ない期間に資産を削り続ける。
スイッチのフライング
割高の耐性がないと、上がる相場に戻りたくなり規律が壊れる。月次判定や閾値の固定化で感情を遮断する。
指標の過信
PBRや当為のQは目安であり、完璧なトリガーではない。複数指標の合意やバンド化など、鈍感に設計する方が運用向き。
歴史的背景を少し
オーストリア学派はミーゼスやハイエクらが貨幣と資本構成の歪みを論じ、バブルと調整を市場の自然なプロセスと捉える。
ナシム・ニコラス・タレブは不確実性の非対称性を強調し、弟子筋のマーク・スピッツナーゲルはテールヘッジを実務に落とし込んだ。中央銀行バリアが厚い現代でも、均衡回帰と転換は避けられず、従って設計で勝つというのが一貫した主張である。
今日からのチェックリスト
1 毎月末に保険レーンで0.5パーセント分の指数プットをロール。
2 毎月1回だけ市場の割高ダッシュボードを更新。PBRや当為のQなどで割高なら現金化、割安なら株式へ。
3 四半期に一度、ROIC高×PBR低の銘柄を機械的に入れ替える。
4 暴落時の投入計画を紙にしたがい、裁量を持ち込まない。
まとめ
オーストリア流は地味で我慢が多いが、暴落という稀頻度の瞬間にすべての準備が報われる。
毎月0.5パーセントの保険料と、割高時に現金を抱える忍耐は、平時の見劣りという小さな損を受け入れる行為にあたる。
その小さな損が、ブラックスワンの瞬間に巨大な得へと変わる。投資はプロセスであり、規律であり、設計である。長期の複利を最大化するために、あえて迂回する道を選ぶのが、この投資法の本質だ。
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