このブログは「なぜ公募増資で株価が下がるのか?その理由と良い増資の条件について語ります」という元動画の内容をもとに作成しています。
結論:公募増資は「悪」ではないが、雑な増資はほぼ確実に株価を壊す
最初に結論を一言でまとめると、公募増資そのものは悪いものではなく、会社にとっては倒産リスクを下げたり、大きなチャンスをつかむための大事な手段です。
ただし、増資の「規模」「使い道」「誰が売って誰が買うのか」というお作法を無視した公募増資は、既存株主にとってはほぼマイナスであり、株価急落という形で強烈に嫌われます。
逆に言えば、公募増資が発表されたときに
- どれくらい希薄化するのか
- そのお金で何をやるのか
- 経営陣の態度(自分もリスクを取っているか、それとも売り抜けか)
このあたりを冷静に見ることができれば、「悪い増資で一緒に沈む」のを避けたり、「良い増資のショック安を拾うチャンス」に変えたりすることができます。
ここからは、なぜ公募増資で株価が下がるのか、そして「良い増資」と「悪い増資」をどう見分ければいいのかを整理していきます。
公募増資とは何か?なぜ株価が下がりやすいのか
公募増資は、会社が新しく株を発行して広く投資家から資金を集めることです。IPOも正式名称は「Initial Public Offering」で、初めての「公開による株の売り出し」という意味なので、広義には公募増資の一種と考えられます。
公募増資で株価が下がりやすい理由は、大きく二つあります。
一つ目は、需給の悪化です。新しい株がドンと市場に出てくるので、売り物が一時的に増えます。
通常、公募価格は直前の株価よりも5〜10%ほどディスカウントされることが多く、「今より安い値段で大量に新株が配られる」となると、既存株主は「それなら一旦売って公募で買い直した方が得かも」と考え、売りが増えます。
この「供給過多+ディスカウント」の組み合わせが、短期的な株価下落をほぼ確実なものにします。
二つ目は、希薄化の問題です。例えば、時価総額1,000億円・発行済株式数1億株・当期純利益50億円の会社が、20%の公募増資を行うとします。
新株2,000万株を発行すれば、発行済株式数は1億2,000万株に増えます。利益が50億円のままなら、一株当たり利益(EPS)は単純に約2割減ります。既存株主から見ると「自分の取り分が薄まる」ので、増資に懐疑的になるのは当然です。
結局、公募増資とは
- 会社にとっては「返さなくていい資本」を増やす行為
- 既存株主にとっては、自分の取り分を薄められるリスク
という、真逆のインパクトを持つ行為なのです。
エクイティとデッド:なぜ会社はあえて株で資金調達するのか
会社の資金調達には大きく分けて二種類あります。
銀行借入や社債などの「デッド(負債)」と、株式発行による「エクイティ(資本)」です。
借金には利息と返済義務があります。新規事業に失敗しても、借りたお金は返さないといけません。返せなければ最悪は倒産です。
一方、株で集めたお金は返済義務がありません。事業が失敗しても、株主への配当をゼロにするだけで済みます。極端に言えば、「失敗しても倒産はしないが、既存株主の取り分は薄まる」という世界です。
自己資本比率(厳密には株主資本比率)が低すぎる会社、例えば自己資本比率15%で残り85%が借金のような会社は、景気悪化や金利上昇で一気に追い込まれます。
そうした会社にとって、公募増資でエクイティを厚くすることは、倒産リスクを減らす意味では「防御的で良い増資」になり得ます。
逆に、現金を貯め込み過ぎている会社には、アクティビストが「もっと借金してでも成長投資や自社株買いをすべきだ」と迫ることもあります。資本と負債のバランスは、常に「安全性」と「効率性」の綱引きなのです。
悪い増資の典型パターン:霞ヶ関キャピタル型
動画の中で具体例として挙げられていたのが霞ヶ関キャピタルです。
今回のケースがなぜ市場にここまで嫌われたのかを整理すると、ポイントは三つあります。
一つ目は、発行比率が大きすぎたことです。
発行済株式数に対して20数%もの規模の公募増資は、相場感として「多すぎる」と受け止められやすくなります。楽天が以前に行った公募増資も希薄化率が34%と非常に大きく、強いインパクトを与えました。
二つ目は、調達資金の使い道が平板だったことです。
「これまで通りホテルや不動産の開発を続けます」といった説明では、「今までと同じビジネスを、同じような利益率で続けるだけではないか」と投資家は感じます。
分母(資本)が2割増えるのに、分子(利益)がそこまで増えるイメージが持てなければ、ROEはむしろ下がる可能性が高くなります。
三つ目は、経営陣が同時に自分の株を売り出していたことです。
会社に入るお金は公募増資分だけですが、経営陣個人の持ち株売却分は、会社ではなく経営陣の懐に入ります。
投資家から見ると「今の株価は高いと経営陣自身が判断して現金化しているのでは?」というシグナルに見えます。しかもそれを、公募増資とセットにしてカモフラージュしているように映ると、既存株主の不信感は一気に高まります。
増資そのものよりも、「誰がお金を出し、誰がお金を受け取っているのか」が、本音ベースでは非常に重要なのです。
良い増資の代表例:楽天と三菱UFJのケース
一方で、動画では「良い増資」の例として楽天や三菱UFJのケースも挙げられていました。
楽天の場合は、楽天モバイルの巨額投資で赤字が膨らみ、「資金繰りは大丈夫か」「借金の借り換えができるのか」と市場に不安が広がっていたタイミングで、公募増資と第三者割当増資を組み合わせて一気に資本を厚くしました。希薄化率は大きかったものの、
- 負債に依存しすぎたバランスシートをエクイティで補強した
- 社長の三木谷氏自身も、自分の支配権が低下する覚悟を持って臨んだ
という点で、「倒産リスクを下げるための本気の増資」と評価できます。株価は一時的に下がっても、「この会社は簡単には潰れない」と市場に伝わる効果は大きいと言えます。
三菱UFJの例は、リーマンショック時にモルガン・スタンレーへ巨額出資をした後、自社の自己資本比率を健全な水準に戻すために行った増資です。この場合、
- まずはデッド(借入や社債)で一時的に資金を用意して投資のチャンスを逃さない
- その後、公募増資でエクイティを厚くして負債を返済し、バランスシートを整える
という「攻め」と「守り」を組み合わせた増資になっており、教科書的な良い事例だと語られていました。
第三者割当増資・MSワラントとの違い
公募増資と並んでよく話題に上るのが、第三者割当増資やMSワラントです。
第三者割当増資は、特定の企業やファンドに対して新株を発行する方法です。例えば、不動産関連の会社が三井不動産のような大手デベロッパーに第三者割当を行う場合、
- 株を引き受ける側は長期的な提携関係を見込んでおり、すぐに売る可能性は低い
- 市場で売り物が一気に増えないので、短期的な需給悪化は小さい
という安心感があります。ただし、特定の企業に色がつくことで、他の大手とのビジネスチャンスが狭まるリスクもあり、長期的なメリット・デメリットの見極めが必要になります。
一方、MSワラントのようなスキームは、「引き受けた側がほぼノーリスクで儲かるような条件」になっていることが多く、既存株主にとっては非常に不利になりがちです。発行会社が「普通の増資ではお金を集められないから、あえて割の悪い条件を飲んでいる」と受け取られることもあり、市場の評価は概して厳しくなります。
個人投資家が公募増資ニュースを見たときのチェックポイント
最後に、個人投資家が公募増資を見たときに最低限チェックしておきたいポイントをまとめます。
まず、希薄化率です。発行済株式数に対して何パーセントの新株が出るのかを確認します。10%と30%では、既存株主へのインパクトがまったく違います。直近の利益と組み合わせて、一株当たり利益がどの程度薄まりそうかもイメージしておくと良いでしょう。
次に、調達資金の使い道です。「借金返済」「運転資金」「M&A資金」など、ふわっとした書き方だけで終わっていないか、そのお金を投じたときにROEやEPSが本当に改善しそうか、自分なりに考えてみることが大切です。曖昧な説明しかないのに規模だけ大きい増資は、警戒度を上げた方が無難です。
三つ目に、経営陣の行動です。公募増資と同時に創業者や経営陣が自分の株を売っていないか、その比率はどの程度かを必ず確認した方がいいでしょう。
会社にお金が入る増資と、経営陣が現金化する売り出しをセットでやっている場合、「今の株価は高いと本人たちが思っているのではないか」という強烈なサインにもなります。
逆に、自分のポケットからも資金を出して増資に参加するようなケースは、「本気度」の高さとしてポジティブに受け止められます。
公募増資は、短期的にはほぼ必ず株価のボラティリティを高めます。
しかし、その増資が「攻めるための無謀な突撃」なのか、「倒産リスクを下げるための防御」なのか、「ROEをさらに高めるための一手」なのかを見極めることができれば、単なる恐怖のイベントではなく、「良い増資のショック安を拾うチャンス」に変えることも十分に可能です。


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