結論(先に要点)
日銀は、非伝統的緩和の後始末=政策の正常化の一環として、保有ETFを年間簿価3300億円ペースで売却し始める。
簿価ベースなので実際の売却額は時価でより大きくなる可能性がある。
このペースだと「100年以上かかる」と言われるが、上田総裁の政策姿勢(緩和の平時化・正常化)を踏まえると、状況次第でペースを引き上げる余地もある。再びETF買いに戻る可能性は低い。
そもそも日銀はなぜETFを買っていたのか
2010年、白川総裁時代に導入。背景はリーマン後の円高・デフレ圧力で、ゼロ金利や国債買入れだけでは弱いと判断し、リスク資産(株式=ETF)を一時的手段として購入し始めた。
2013年、黒田総裁下で大規模化。狙いは株式のリスクプレミアム(投資家が株に要求する上乗せ利回り)を押し下げ、投資マインドを支えること。
日銀自身も2021年に「ETF買入れがリスクプレミアムを低下させた」とする分析結果を公表している。副作用としては「日銀が大株主化」「出口は難しい」といった論点が当初から指摘されていた。
なぜ今、売らなければならないのか
表向きの説明は「2%物価目標の持続的・安定的実現が見通せ、買入れの必要性が低下したため」。2024年3月にETF買入れを終了し、次の段階として売却へ移行。
政治・政策の文脈では、上田総裁はアベノミクス期の非伝統的緩和から、伝統的な枠組みに戻す「正常化」を着実に進めている。就任後の流れは以下の通り。
- イールドカーブ・コントロール縮小・終了
- 利上げ再開
- 国債買入れ減額
- ETF買入れ終了 → ETF売却開始(今回)
この文脈上、「景気が悪化したらまたETFを買うのか?」という問いに対し、上田総裁は「今のところ考えていない」と明言している。つまり、ETFはもう非常手段としても使いにくい。
年間3300億円の「簿価」売却とは何を意味するか
発表は簿価ベース。ETFは過去の買入れ時に計上した取得原価(簿価)と、現在の時価が異なる。株価が上がっていれば、3300億円分の簿価を処分しても、実際に市場で売却する額(時価の受取額)はそれより大きくなる。
このペースだと全量処分に100年以上とされるが、上田総裁の正常化路線を踏まえると、需給や市場影響、経済環境を見ながら加速する選択肢は残していると考えられる。
よくある疑問に答えるQ&A
これは利上げの“代わり”なの?
代わりではなく、正常化パッケージの一部。利上げ・国債買入れ縮小と並行し、株式というリスク資産の保有縮小も進める「バランスシートの質の正常化」に当たる。
市場に売り圧力がかかって株が下がる?
売却は長期・定常ペースで、急激なフローにはなりにくい設計。とはいえ、需給面での重しはゼロではない。売り方(市場売却・ブロック・他主体への移管等)や市場の地合い次第で影響は変わる。いずれにせよ「突然ドカン」ではなく、時間をかけて薄める方針が基本。
今後、売却額は増える?
動画の論旨は「上田総裁は100年かける気はないだろう。必要と見れば増やしてくる可能性」。足並みは慎重だが、環境が整えば加速の余地はある。
もう一度ETFを“買う”ことは?
上田総裁は会見で否定的。黒田期の非常手段からの回帰が基本線で、「また買う」は想定しにくい。
数字で俯瞰(動画内容ベースの整理)
項目 | ポイント |
---|---|
売却規模 | 年間簿価3300億円 |
実際の時価 | 簿価より大きくなる可能性(株価上昇分) |
売り切り試算 | 現行ペースでは100年以上 |
導入年 | 2010年(白川体制で開始) |
拡大期 | 2013年以降(黒田体制で大規模化) |
買入れ評価 | 2021年の分析でリスクプレミアム押下効果を確認 |
転機 | 2024年3月、買入れ終了を決定 |
現状方針 | 正常化の一環として売却開始。再買入れは否定的 |
投資家視点:実務的な見方
- 需給の“上値重さ”は長く薄く続く可能性
ただし定常ペースで市場吸収は十分可能。指数や大型株にとっての地合い次第。 - セクター・銘柄選別の重要性上昇
ETFの政策的需要が薄れるほど、企業の稼ぐ力・資本政策・ガバナンスが株価の差を広げやすい。 - 長期資金の受け皿次第
年金・投信・海外勢など他の大口プレイヤーの資金フローが需給を左右。日本株の構造的な見直しが続けば、売却は相対的に吸収されやすい。
まとめ
日銀のETF売却は「非伝統から伝統へ」政策を戻すプロセスの一環。
簿価3300億円という見え方以上に、政策スタンスの転換を象徴している。市場への配慮から緩やかな開始となったが、状況が許せばペース増加の可能性もある。再びのETF買いは想定しづらく、今後の日本株は政策フローに頼らず、企業収益・資本効率・ガバナンス強化といった“実力勝負”の比重がいっそう高まる。
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