結論
1929年の大暴落から2008年の金融危機、そして現在に至るまで、相場のバブルと崩壊は同じ力学で繰り返されます。
過剰な信用拡大と新技術への過大な期待が価格を押し上げ、金融の引き締めや資金繰り悪化が引き金となって連鎖的な下落が起きます。
違うのは登場人物の名前と技術の看板だけで、根底にあるメカニクスはいつも同じです。私たち投資家に必要なのは、華やかな物語ではなく、債務と現金収支の因果を数字で点検する姿勢だと感じます。
1929年を動かした人物像と現代の響き
まず、1929年の物語を動かした人物像から入ります。
ナショナル・シティ銀行を率いたチャールズ・ミッチェルは、個人の信用取引を一般化させ、街角の証券店で一ドルの証拠金に対して十ドルを貸し出す環境を作りました。
これにより投機は一気に大衆化し、株式市場は熱狂を増しました。
対照的に、上院議員のカーター・グラスは「ミッチェリズム」と呼ばれる信用膨張に警鐘を鳴らし、のちのグラス・スティーガル法につながる規制の機運を育てました。
さらに、ゼネラル・モーターズのジョン・ラスコブは自動車ローンを普及させ、消費財の分割払いを当たり前にしました。
彼は「誰もが豊かになるべきだ」という夢を掲げ、強い物語性で大衆を惹きつけました。
JPモルガンの実務トップであったトマス・ラモントは、危機のたびに政財界の要人を一室に集めて事態を収めようとしました。1907年の恐慌ではそれが機能しましたが、1929年の市場規模の拡大と流動性の洪水の前では、もはや手に負えませんでした。
これらの人物像は、現代の巨大テックや金融のリーダーたちに重なって見えます。
規制強化を訴える声とイノベーションを加速させたい勢力がせめぎ合い、閉じられた部屋で将来を決めてしまうかのような構図は、今も繰り返されているように思われます。
バブルを押し上げる三つの材料
バブルには共通の材料があるとレイ・ダリオは語ります。
第一は信用の過剰供給です。
1920年代末には十倍前後の証拠金取引が一般化し、2008年にはサブプライム住宅ローンが横展開しました。
第二は技術の奇跡への期待です。
自動車、電化、無線、映画、航空といった当時の新技術は、現代でいえばAIや半導体、トークナイズ、プライベートクレジットに相当します。
第三は引き締めです。過熱の副作用として金利が上がり、レバレッジを圧迫した瞬間に、外見上は些細な「きしみ」が破滅的な連鎖を引き起こします。
数字で見る1929年
1928年から1929年9月までに、株式市場はおよそ九〇パーセント上昇しました。
レバレッジをかけた投資であれば、ほとんど「無料のお金」に見えたはずです。
しかし引き締めとともに市場は反転し、その後の一連の政策ミスも重なって、失業率は一九三二〜三三年に約二五パーセントへ上昇し、九千行もの銀行が破綻しました。証拠金一ドルに対して十ドルを借りる状態は、下落局面での追証と投げ売りの雪崩を招きました。
2008年との比較と相違
二〇〇八年の危機では、バーナンキ議長がゼロ金利と量的緩和で資金供給を急速に拡大し、三〇年代の誤りを圧縮しました。
中央銀行が債券を大量に買い、債務を事実上マネタイズするという手段は、時間軸は短縮されたものの、三〇年代と同じ処方でした。
私たちは「事後処理」は上手くなりましたが、「事前予防」は相変わらず苦手だという示唆が得られます。緩和は資産価格と格差の拡大という副作用を残し、次の過熱の燃料になりがちです。
今日の相場環境に通じる論点
現在の状況を見ると、政府の巨額赤字という点が一九二九年と大きく異なります。
当時は財政黒字でしたが、いまは債務の担い手が民間から政府へ移っただけで、総体としての債務の重さは変わりません。
また、開示や時価評価が限定的な商品や市場器が拡大し、痛みが遅れて表面化するリスクが高まっています。
さらに、資産を持つ階層と持たない階層の格差は広がり、政策の帰結が社会の緊張につながる可能性も見えます。
AIをめぐる投資熱は、二〇年代のRCAや航空株の熱狂に重なり、投資額が回収計画を上回る初期段階では評価が先行しやすい点も似ています。
ストーリーではなくメカニクスを見るという教訓
レイ・ダリオが強調する中心は、資産の価値を決める現金化の二つのルートです。
第一に、保有中に生まれるキャッシュフローで利払いと元本返済が賄えるかどうか。
第二に、それが足りない場合でも、十分な流動性と価格で売却して現金化できるかどうか。
どちらも細ると、売りが売りを呼ぶデレバレッジの連鎖に陥ります。大きな物語やスローガンに流されず、債務サービス比率、金利感応度、流動性、時価評価の有無を落ち着いて点検することが肝要です。
反復するシーケンスを頭に入れる
バブルの典型的な流れは次の通りだと整理できます。
信用拡張と技術の奇跡が期待を最大化し、評価倍率が伸びて資産価格が急騰します。
次に、金利上昇や流動性逼迫で信用が縮み、デフォルト回避のための売却が連鎖し、下落が加速します。
その後、利下げや資産買い入れ、規制強化が行われ、後始末の段階で緩和と通貨希薄化の影響から金市場が強含みやすくなります。登場人物と道具立ては違って見えても、構造は驚くほど似通っています。
初心者の方が今日からできる点検
初心者の方でも明日から実践できる問いを、文章でまとめます。
まず、保有資産について、今後一〜五年のフリーキャッシュフローが利払いを賄えるかを確認します。
次に、成長率と評価倍率の同時拡大を前提にしていないかを点検します。
さらに、私募やセミリキッドで時価評価が曖昧な商品への集中がないかを見直し、解約条件や資金ゲートの有無を把握します。
マクロでは、実質金利の上昇傾向、クレジットスプレッドの拡大、金融条件のタイト化が進んでいないかに注意を払います。これらは派手さはありませんが、損失の尾を短くする実務的なチェックだと考えます。
規制はいつも後追いになるという歴史
一九二九年当時、証券取引委員会も厳格なインサイダー規制も存在せず、投資プールによる価格つり上げは半ば公然と行われていました。
クラッシュの後、ようやくグラス・スティーガル法や開示強化が整いました。
現代でも、規制は事故の後に強くなる傾向が続いています。だからこそ、個人投資家は自らの規律として、流動性、透明性、レバレッジの三点を継続的に自問する必要があります。
まとめ
一九二九年と二〇〇八年、そして現在をつなぐ共通項は、信用と期待の過剰、そして最後に残る現金収支の厳しさです。物語は魅力的に見えますが、価格を決めるのはキャッシュと債務の算盤です。
技術の名前がラジオからAIに変わっても、数式は変わりません。同じ映画を繰り返さないために、保有資産の現金化能力と負債耐性を数字で点検する習慣を、今日から静かに始めたいと思います。


コメント