目次
最初に結論
- 金と銀は短期では一緒に動きやすいが、長期では「上がる理由」が根本的に違う。相関は0.8~0.9程度のことが多いが1ではないため、時間が経つほど差が開く。
- 金は準備資産・安全資産としての需要が中心。銀は工業需要の比重が高く、景気・技術トレンドの影響を強く受ける。
- 金銀比価だけで「銀は割安」と判断するのは危険。構造的な需要・供給、ストックとフロー、流動性を必ず合わせて見る。
- 投資の位置づけは明確に分ける。金はリスクヘッジのコア、銀はエネルギー転換・電子化という成長テーマに乗る戦術枠。
- 銀はボラティリティが大きい。2011年高値や1980年の急騰急落のように、上げも下げも極端になりやすい。
- 2024~2025年は銀の工業需要が過去最高圏、供給不足も連続。中長期のテーマは強いが、短期はブレやすい点に注意。
金と銀は「似て非なる」投資対象
相関と長期パフォーマンス
- 一般時期の相関係数は0.8~0.9程度と高め。ただし1ではないため、長期では差が蓄積する。
- 1970年代・2000年代の強気局面では銀が金を上回った一方、2018年以降は中央銀行の金買いが強く金が優位。
- 2025年時点の見立ても「金優位」が続くとの見方が紹介されているが、これは銀が劣っているのではなく、役割が違うことの反映。
需要構造の決定的な差
- 金は投資・宝飾が約9割、工業用途は約1割。
- 銀は工業用途が過半(2008年に50%到達、2014年に約59%)。投資需要は振れが大きい。
- 結果として、金はマクロ・地政学リスクやインフレのヘッジで買われ、銀は太陽光・EV・データセンターなど実需ドライバーで動く。
5000年の貨幣史が示す「二つの道」
古代~中世:銀の時代と転換
- 古代中近東では銀基準で価格が付けられ、金銀レシオは地域で大きく異なった(エジプトでは金が相対的に安価)。
- 16世紀以降、南米ポトシ銀山・メキシコ、そして日本の石見銀山などで銀供給が爆発。欧州は価格革命(物価3~4倍)へ。
- 近世~近代、技術革新(アマルガム法、パークス法、銅の電解精錬)で銀はさらに増産。金銀複本位は維持困難に。
近代~現代:金の「勝利」と制度の変遷
- 19世紀後半、ラテン通貨同盟や米国の自由鋳造を巡る攻防を経て、最終的に各国は金本位に収れん。
- 1971年ニクソン・ショックで金ドル本位も終了。ただし金は準備資産として国際金融インフラに残った一方、銀は公的保有から外れる。
ポイントは、銀が貨幣の座から降り、工業素材としての位置づけを強めたこと。ここから投資の見方が分かれる。
ストック対フローと流動性:金と銀の「市場の厚み」
指標 | 金 | 銀 |
---|---|---|
地上在庫ストック感 | 非常に厚い(約21.6万t規模) | 薄い(確認可能な在庫は約3.8万t規模) |
年間供給(フロー) | 鉱山約3600t+スクラップ約1370t(合計約5000t) | 年間総供給は約3万t超 |
ストック/フロー比 | 40年以上 | 1年強 |
需要構造 | 投資・宝飾が中心 | 工業需要が中心 |
流動性・市場規模 | 取引規模・参加者とも厚い | ストックも市場規模も相対的に薄く値が飛びやすい |
投資での役割 | 戦略的な安全資産・ヘッジ | 高ベータの戦術資産・テーマ投資 |
ストックが厚い金はショックに強く、価値保存に向く。一方ストックが薄い銀は、受給ショックが価格に直結し、ボラティリティが増幅しやすい。
銀が荒れやすい理由:歴史的ボラティリティの実例
- 1979~80年ハント兄弟事件:レバレッジを伴う買い占めで約+724%急騰後、規制強化で急落。
- 1997~98年バフェットの買いで短期+25%上昇後に反落。
- 2011年、量的緩和とコモディティ高で約49.5ドルまで上昇後、証拠金引き上げで急落。
教訓は明快。銀は上がるときは速く、下がるときも速い。長期の上昇テーマを信じるなら、ポジションと期間設計が重要。
税制・アクセスと文化差
- 欧州では金は投資用として非課税扱いが多い一方、銀はVAT課税が一般的で不利。
- 米国・インドでは銀の人気が根強く、制度・文化面の下支えあり。
- 近年は金も小口化(積立、少額ETF、1g金豆など)でアクセスが改善。銀だけが「小口で買いやすい」時代でもない。
2024~2025年の銀:需要と供給の現場感
需要ドライバー(工業用途が主役)
- 太陽光パネル:効率向上で枚当たりの銀使用が増える方向もあるが、メーカーはスリフティングを同時進行。
- EV・電動化:ワイヤハーネス、パワエレ、センサー等で銀需要。
- AIデータセンター・5G:高信頼の配電・接点・はんだ等で銀の利用拡大。
- 医療・触媒・宇宙など新用途も拡大余地。
供給サイド(ボトルネック)
- 鉱山の品位低下、新規大型案件の立ち上げ難。
- 銀は銅・亜鉛の副産で出る比率が高く、銀価格が上がっても供給が連動しにくい。
- スクラップ回収は太陽光などで技術・採算が難しく、当面は限定的。
- 2021年以降、4年連続の物理的供給不足。2024年は約4600t、2025年は約5800tの不足見込みという強いタイト化。
この「実需増+供給制約+ストック薄」の組み合わせが、直近の強さの背景にある。
金銀比価(GSR)に頼りすぎない
- 直近の比価90前後は、2000年以降の平均60~66より高い。
- だが「市場が間違っている」のではなく、役割の差(金=安全資産、銀=工業素材)が拡大した結果と見るのが妥当。
- 比価だけで機械的に銀を買うのは危険。需給、ストック/フロー、流動性、金利・景気サイクルを重ね合わせて判断する。
実践:ポートフォリオでの置き場所と買い方
役割の切り分け
- 金:インフレ、通貨不安、地政学リスクの保険。ポートフォリオのコア(長期保有)。
- 銀:エネルギー転換・電子化の成長テーマに乗る戦術枠。景気循環・政策・規制で揺れやすい(中期~タクティカル)。
配分の考え方(学習用の一例)
- 金3~10%(家計のリスク許容度で調整)
- 銀0~5%(テーマ確信やボラ耐性に応じて)
- 銀は積み増し幅を小刻みに、下落時のドローダウン許容額を「金額」で決める
商品選びのヒント
- 実需に近い値動きを取りに行くなら現物・現物裏付けETF・ロンドン/COMEX連動型を中心に。
- 工業需要の伸びを取りに行くなら、銀採掘株や鉱山ETFもあるが、コスト構造や副産依存度で別のリスクが乗る。
- デリバティブはボラが極端に大きく、初心者は避けるのが無難。
執行ルール
- 定期積立と分割エントリー。急騰局面の追い買いは控えめに、押し目待ちの現金枠を確保。
- 想定と違う時の撤退基準(期間・損失率・需給の前提崩れ)を事前に数値で決めておく。
- 銀はスプレッドや保管・税制の差も効くので、取扱コストを比較。
初心者でも分かるQ&A
Q. 金が上がれば銀も上がる?
A. 短期は連動しやすいが、長期はドライバーが違う。金は安全資産の需要、銀は工業需要の拡大次第。
Q. 今は銀を買っていい?
A. 中長期の工業テーマは強いが、短期はボラが大きい。積立や段階的な買いで時間分散を。
Q. 金と銀、どちらを先に?
A. 家計の保険としての金が先。銀はそれを補完する成長テーマ枠。
Q. 比価が高いから「銀に全ツッパ」は?
A. 比価だけの判断は危険。需給・流動性・景気サイクルのセットで見る。
重要ポイントの復習(箇条書き)
- 金はストック厚・公的需要・安全資産。銀はストック薄・工業需要・高ベータ。
- ストック/フロー比(金は40年以上、銀は約1年強)が価格の安定度を左右。
- 2024~2025年は銀の工業需要が最高圏、供給は伸び悩み、物理赤字が続く見込み。
- 銀は歴史的に急騰急落が多い。長期テーマに賭けるなら、買い方・量・期間を設計する。
- 投資の基本はABB(Always Be Buying)。ただし銀は配分と執行をより慎重に。
まとめ
金と銀は兄弟ではなく、いまや別物。金は「保険」、銀は「成長テーマ」。短期の相関や金銀比価に囚われず、5000年の貨幣史と現在の需給を踏まえて、役割を分けて組み込むのが現実的な勝ち筋です。長期の資産形成を軸に、銀はボラを味方に付ける設計で取り扱いましょう。
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