(元動画「なぜ東南アジアで、タイは勝ち組になれたのか?」を基に執筆)
東南アジアの中心に位置するタイとカンボジア。
地理的には国境を挟んでわずか数十キロしか離れていませんが、経済の実態はまるで別世界です。2024年時点で、タイの国内総生産(GDP)は約81兆円。一方、カンボジアはわずか5兆円ほどにとどまり、1人当たりの所得では10倍以上の差が生じています。
観光地としてはどちらも有名ですが、経済構造では決定的な差がついた理由が存在します。
結論から言えば、「通貨の自立性」「多層的な産業構造」「人材育成と教育の基盤」――この3点が、タイが東南アジアで勝ち組となった最大の要因です。
通貨政策の違いが生んだ“自立と依存”の差
カンボジアには「リエル」という自国通貨がありますが、実際に国内で使われているお金の9割は米ドルです。
都市部では給料、家賃、ローンまですべてドル建てで取引され、リエルが使われるのは地方の小規模商店などに限られます。つまり、カンボジア経済は米ドルに強く依存しており、通貨の主導権を失っている状態です。
一見するとドルを使うことで物価の安定が保たれているように見えますが、アメリカの金利政策に直接影響されるリスクがあります。実際、2023年には為替安定のために中央銀行が合計150億円以上のドルを市場に放出しましたが、それでもリエル安は止まりませんでした。
一方、タイは自国通貨「バーツ」を独自に運用し、中央銀行が物価目標を設定して金利や通貨量を自ら調整しています。
外貨準備高は約36兆円と東南アジアでもトップクラスで、短期外債の2.8倍という高い安全水準を維持。経済変動が起きても自国の政策で立て直せる「自立した安定構造」を築いています。
産業構造の多層化が生んだ強さ
タイの強みは、産業が単独ではなく多層的に結びついている点です。
その象徴が「EEC(東部経済回廊)」と呼ばれる巨大な産業開発プロジェクトです。バンコクからラヨーンにかけて、港・空港・高速道路・研究拠点が一体化されており、自動車、電子機器、医療、観光など10の重点分野が国家戦略として連携しています。
タイの自動車産業は1980年代に日本企業が参入したことで発展しました。エンジンや電子制御技術が持ち込まれ、現地生産体制が整えられた結果、今では「東南アジアのデトロイト」と呼ばれるほどの規模に成長。2023年には完成車輸出が約3兆円、二輪車は47万台が海外へ輸出されました。
一方、カンボジアの輸出の7割は衣料品や靴などの労働集約型産業です。素材や機械を中国やベトナムに頼るため、付加価値が国内に残らず、欧米の景気に左右されやすい脆弱な構造となっています。2023年には欧米景気の減速で衣料輸出が13%以上減少しました。
タイが“強い”のは、多分野が相互に支え合う構造を築いているからです。1つの産業が落ち込んでも他が補い合う「相互補完型の産業構造」が、経済の安定性を生んでいます。
物流とインフラの差が企業を呼び込む
タイの発展を支えてきたもう一つの要因が物流インフラの整備です。
レムチャバン港は日本の支援で整備され、現在はタイ全体の貨物の半分以上を扱っています。港、道路、鉄道が一体化されており、工場から港まで数時間で輸送できる効率の高さが製造業の競争力を押し上げています。
カンボジアはこの点で大きく遅れており、世界銀行の物流パフォーマンス指数(LPI)では2022年時点で2.4と、タイの3.5を大きく下回ります。輸出書類の処理時間もタイが11時間で完了するのに対し、カンボジアは132時間もかかるという差があります。
さらに電力供給も課題で、カンボジアの電力料金はタイより2〜3割高く、停電も多発しています。原油価格が上昇すると電気代も高騰し、企業は投資に踏み切れません。
経済発展の“基礎体力”である電力と物流の整備こそ、国の成長力を決める要素なのです。
教育と人材育成が生んだ国力の差
タイが持続的に成長している背景には、長年にわたる人材育成の努力があります。
1980年代からJICA(国際協力機構)の支援で職業訓練校が設立され、溶接、電気、自動車整備などの専門教育が現場と連携して行われてきました。今では技能者が労働者全体の約14%を占め、特に中間技術層が産業の要となっています。
対照的に、カンボジアは内戦で教育制度が崩壊した影響が今も残り、教師不足や教育の質の低下が課題です。OECDのPISA調査(2022年)では、基準を満たした生徒がわずか7%とASEAN諸国の中でも最下位クラスでした。労働者1人当たりの付加価値は約430円で、タイの約2200円の5分の1にとどまっています。
ただしカンボジアも変わりつつあります。政府は「TVET改革」と呼ばれる職業教育制度を進め、実践的な技能教育を重視する政策を展開。
2030年までに中所得国入りを目指しています。教育の質が改善すれば、成長のスピードは一気に加速する可能性もあります。
制度設計の違いが投資環境を左右する
タイのEEC(東部経済回廊)は、行政・金融・教育・産業を一体化した「長期開発計画」です。企業が大学と連携して人材を育成し、研究開発を行えば法人税を最長13年間免除するなど、R&D投資を後押しする仕組みが整っています。
カンボジアにも特別経済区(SEZ)はありますが、運用面では課題が多く、手続きの遅れや電力不足、港との接続の悪さが外国企業の参入を妨げています。制度は整っていても「実際に機能していない」というのが現状です。
タイが“制度を設計して産業を呼び込む国”なら、カンボジアは“税優遇で一時的に投資を引き寄せる国”と言えます。この違いが長期的な成長の持続性を大きく左右しています。
タイの弱点とカンボジアの可能性
もちろんタイにも課題があります。出生率は1.2を下回り、労働力人口の減少が進行中です。非正規雇用が全体の半数を超え、消費が伸びにくい構造もあります。さらに自動車産業がEV(電気自動車)化の波に乗り遅れており、産業転換が急務となっています。
一方、カンボジアは平均年齢26歳と非常に若く、労働力の供給力ではASEANトップクラス。FTAやRCEPなどの自由貿易協定により関税の壁が下がり、外資の参入も進んでいます。港湾の拡張や再生可能エネルギーの普及など、将来に向けた基盤整備が着実に進行中です。
特に電力・物流・産業構造の3分野を連動させ、教育と雇用を結びつける動きは、カンボジア経済の“自立の始まり”とも言えます。
まとめ:構造を描き、動かす力が国の未来を決める
タイとカンボジアの格差は、単に「与えられた条件の違い」ではなく、「どんな構造を設計し、どう動かしてきたか」の違いから生まれました。
通貨の自立、産業の多層化、人材育成、そして制度設計——それらが一体となって機能する国が、次の10年の東南アジアの主役になります。
カンボジアはまだ発展途上ですが、今まさに転換期を迎えています。時間はかかっても、正しい方向へ進み続ければ、いずれ“次の勝ち組”になる可能性を秘めているのです。


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