本記事は、YouTube動画『北朝鮮はなぜ突然豊かに見えるのか?平壌の建設ラッシュとロシア軍事支援の実態』の内容を基に構成しています。
北朝鮮の首都・平壌では近年、高層住宅が次々と建設され、新しい観光施設や道路、ロシアとの国境に架かる橋まで姿を現しています。
さらに北朝鮮が建設しているのは、住宅や観光施設だけではありません。動画では、5000トン級の新型駆逐艦が海軍に配備され、今後は同規模、あるいはそれ以上の大型艦を継続的に建造する計画も示されていると説明されています。
長年にわたって国際社会から厳しい経済制裁を受け、慢性的な食料不足やエネルギー不足に苦しんできた北朝鮮が、なぜ今、大規模な都市開発と軍備拡張を同時に進められるのでしょうか。
その背景には、ウクライナ戦争をきっかけに急速に深まったロシアとの軍事協力、中国との貿易回復、国連制裁を監視する仕組みの弱体化、そして国家が資源を集中的に配分できる北朝鮮独自の経済体制があります。
ただし、平壌に高層住宅が増えたからといって、北朝鮮国民全体の暮らしが豊かになったとは限りません。むしろ国家が使える資源が増える一方で、一般家庭では通貨安や物価上昇が進み、生活が苦しくなっている可能性も指摘されています。
北朝鮮はなぜ長期的な経済不振に陥ったのか
現在の北朝鮮経済を理解するためには、まず1991年のソ連崩壊までさかのぼる必要があります。
北朝鮮は冷戦時代、ソ連から安価な石油や食料、機械、工業技術などを受け取っていました。その一方で、自国の鉱物資源や工業製品などを有利な条件でソ連圏へ輸出する経済関係を築いていました。
これは通常の市場価格に基づく貿易というよりも、同じ社会主義陣営に属する国同士による政治的な支援の側面が強い取引でした。
しかし、1991年にソ連が崩壊すると、北朝鮮に対する特別な支援や優遇措置も失われます。
安い石油が入らなくなれば、工場や発電所を十分に動かせません。農業に必要な肥料や農業機械、輸送用の燃料も不足します。こうした問題に自然災害や政策上の失敗などが重なり、北朝鮮では1990年代に「苦難の行軍」と呼ばれる深刻な経済危機と食料危機が発生しました。
その後、北朝鮮は中国との貿易に強く依存するようになります。中国は食料、燃料、生活用品、機械などの重要な供給元となり、北朝鮮経済を事実上支える存在になりました。
ところが、北朝鮮が核実験や弾道ミサイル開発を繰り返したことで、国連安全保障理事会は制裁を段階的に強化していきます。
石炭や鉱物資源など、北朝鮮にとって重要な輸出品が制限され、石油製品の輸入にも上限が設けられました。海外で働く北朝鮮労働者の送還も求められ、外貨を獲得する手段が狭められていきます。
さらに、新型コロナウイルスの世界的流行後には、北朝鮮自身が感染流入を防ぐため国境を厳しく封鎖しました。
この国境封鎖によって中国との貿易も急減し、北朝鮮経済は国際制裁だけでなく、自らの防疫政策によっても国外との経済的なつながりを失いました。
つまり北朝鮮は、ソ連という最大の支援国を失い、その後は中国への依存を深めながら、核・ミサイル開発に対する制裁と国境封鎖によって外貨や物資の入口を狭めてきた国なのです。
平壌で進む大規模な住宅建設
長い経済不振が続いてきた北朝鮮ですが、近年の平壌では都市の風景が大きく変わり始めています。
金正恩総書記は2021年、平壌に5年間で5万戸の住宅を建設する計画を掲げました。単純計算では毎年1万戸の住宅を整備する大規模な国家プロジェクトです。
その後、北朝鮮メディアは毎年のように新しい住宅地区の完成を報じてきました。
平壌には高層住宅を中心とする新しい街区が現れ、夜には建物がライトアップされています。映像だけを見れば、かつて電力不足によって「暗い国」と表現されることも多かった北朝鮮とは、別の国のように見えるかもしれません。
こうした住宅建設は、単純に国民の住環境を改善する事業というだけではありません。
北朝鮮にとって大規模建設は、国家の発展を内外へ示す宣伝材料でもあります。新しい住宅や道路を完成させることで、金正恩政権の指導力や国家の近代化を国民に印象づける狙いがあると考えられます。
元山葛麻海岸観光地区も開業
住宅だけでなく、観光開発も進められています。
代表的な事業が、東部の海岸沿いに建設された元山葛麻海岸観光地区です。
この観光地区には、海岸沿いにホテルや宿泊施設、飲食店、レジャー施設などが整備されています。北朝鮮は以前から、元山周辺を国際的な観光地域として開発する構想を持っていました。
しかし、新型コロナウイルスによる国境封鎖や資材不足などの影響を受け、開業は大幅に遅れました。
現在、主な外国人観光客として想定されているのはロシア人です。
国際社会の多くの国が北朝鮮への渡航に慎重な姿勢を取るなか、北朝鮮とロシアの関係強化は観光分野にも及んでいます。ロシアから団体旅行客を受け入れられれば、北朝鮮は外貨を獲得できるだけでなく、国際的に孤立していないことを示すこともできます。
もっとも、観光施設が建設されたからといって、大量の外国人観光客が継続的に訪れるとは限りません。
交通の利便性、外国人に対する行動制限、宿泊施設のサービス水準、国際情勢など、多くの課題が残されています。それでも北朝鮮が大規模な観光地区を完成させたことは、ロシアとの関係を長期的な経済協力へ広げようとする動きの1つと見ることができます。
北朝鮮とロシアを結ぶ初の道路橋
北朝鮮とロシアの国境では、新しい道路橋の建設も進められています。
北朝鮮とロシアは国境を接していますが、その国境線は非常に短く、これまでは両国を直接結ぶ交通インフラが限られていました。
従来の主要な陸上ルートは鉄道橋でした。しかし、新たな道路橋が開通すれば、トラックによる物資輸送が可能になります。
鉄道は大量の貨物を一度に運ぶことに適していますが、決められた駅や線路を利用しなければなりません。一方、トラック輸送は貨物を小分けにし、必要な場所へ柔軟に運ぶことができます。
橋そのものが完成に近づいても、税関施設や接続道路などの工事が終わらなければ、すぐに本格運用できるわけではありません。
それでも、鉄道しかなかった国境に道路輸送のルートまで整備しようとしていることには重要な意味があります。
北朝鮮とロシアが一時的な軍事取引だけでなく、物流を長期的に拡大することを前提として、国境インフラを整備している可能性があるからです。
北朝鮮経済は本当に成長しているのか
動画では、韓国銀行の推計として、北朝鮮の国内総生産が回復傾向にあることも紹介されています。
北朝鮮政府は一般的な国のようにGDPや貿易統計を詳しく公表していません。そのため、韓国銀行などの外部機関は、各種の生産量、貿易統計、衛星画像、価格情報などを使って北朝鮮経済を推計しています。
したがって、北朝鮮の経済成長率は確定した公式数字ではなく、あくまで外部からの推定値として見る必要があります。
また、GDPが増加したからといって、国民1人ひとりの生活が改善したことを意味するわけでもありません。
軍需工場で砲弾の生産が増えれば、経済統計上は生産活動の拡大として計算される可能性があります。しかし、砲弾が増えても一般家庭の食料や衣類、医薬品が増えるわけではありません。
現在の北朝鮮経済に見られる回復は、国境再開による中国との貿易回復と、ロシア向けの軍事生産が大きく影響していると考えられます。
北朝鮮では建設費を低く抑えられる
経済規模の小さい北朝鮮が、なぜ高層住宅や観光施設を次々と建設できるのかという疑問もあります。
その理由の1つは、北朝鮮における国家建設の仕組みが、日本をはじめとする市場経済国とは大きく異なることです。
日本で大規模な住宅街を建設する場合、土地を取得し、建設会社へ工事を発注し、労働者へ市場水準の賃金を払い、鉄筋やセメント、建設機械などを調達しなければなりません。
一方、北朝鮮では土地が国家の管理下にあり、国が建設資材や労働力を集中的に配分できます。
セメントや鉄鋼などは可能な限り国内で生産され、建設作業には軍人、青年組織、学生、国営企業の労働者などが大規模に動員されることがあります。
土地、資材、労働力を国家が一括して配分するため、表面的な建設費は市場経済国より低く抑えられる可能性があります。
ただし、費用が安いように見えるからといって、負担が存在しないわけではありません。
労働者に十分な賃金が支払われなければ、その分の負担は動員された国民が引き受けることになります。国家の会計上は安く建設できても、国民の時間や労働力が無償、あるいは低い報酬で使われている可能性があるのです。
また、住宅が増えても、動員された労働者の所得や一般家庭の消費が同じ割合で増えるとは限りません。
それでも建設資材を生産し、工場を動かし、燃料を運び、必要な設備を輸入するには、以前より多くの資源が必要です。
その新しい供給源となったのが、ウクライナ戦争をきっかけに急拡大したロシアとの軍事取引でした。
ウクライナ戦争で北朝鮮の孤立が価値に変わった
ロシアがウクライナへの全面侵攻を開始した当初、北朝鮮は世界で最も孤立した国の1つでした。
しかし、戦争が長期化すると、その孤立と軍事偏重の産業構造が、ロシアにとって価値を持つようになります。
現代の戦争では、精密誘導兵器や無人機などの新しい装備が注目されます。しかし、長期的な地上戦で大量に消費されるのは、砲弾、ロケット弾、短距離ミサイルなどです。
ロシア軍はウクライナ戦争で膨大な量の砲弾を使用し、国内生産だけでは需要を十分に満たせない状況に直面しました。
そこで重要な供給国として浮上したのが北朝鮮です。
北朝鮮の軍事装備や弾薬の多くは、旧ソ連の規格を基礎にしています。そのため、北朝鮮製の砲弾やロケット弾は、ロシア軍の兵器体系と一定の互換性があります。
北朝鮮は長年、軍事優先政策を続け、国民生活を犠牲にしながらも、大量の砲弾を保有し、生産できる体制を維持してきました。
平時であれば、旧式で販路の限られた兵器や弾薬です。しかし、砲弾不足に苦しむロシアにとっては、短期間で前線へ投入できる貴重な物資となります。
皮肉にも、北朝鮮経済を疲弊させた原因の1つである軍事産業が、ウクライナ戦争によって最大級の輸出産業へ変化したのです。
北朝鮮からロシアへ大量の砲弾が送られた可能性
北朝鮮からロシアへの本格的な軍事輸送は、2023年後半から増加したとされています。
動画では、韓国の軍・情報当局などによる分析として、北朝鮮からロシアへ多数のコンテナが輸送され、それを砲弾に換算すると膨大な数量になるとの推計が紹介されています。
ただし、コンテナの数から砲弾数を計算する場合、1つのコンテナに何をどれほど積んでいたかという仮定によって数字が変わります。
そのため、具体的な砲弾数は確定値ではなく、一定の前提に基づいた推定値として理解する必要があります。
それでも、北朝鮮製とみられる砲弾、ロケット弾、弾道ミサイルなどがロシア軍に使用されているとの指摘は相次いでいます。
仮にロシア軍が使用する弾薬の大きな割合を北朝鮮が供給しているのであれば、北朝鮮はロシアの戦争継続能力を支える重要な存在になっていることになります。
ロ朝の包括的戦略パートナーシップ条約
2024年6月、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領と北朝鮮の金正恩総書記は、包括的戦略パートナーシップ条約に署名しました。
この条約には、一方が武力攻撃を受けた場合の軍事支援に関する規定が含まれているとされています。
それまでの北朝鮮とロシアの関係は、武器や物資の取引を中心とする実務的な協力と見られていました。しかし、条約の締結によって、両国の協力は政治的、軍事的な同盟に近い段階へ進んだと受け止められました。
さらに、北朝鮮兵がロシア側へ派遣されたとの情報も伝えられています。
兵士の派遣は、北朝鮮が従来行ってきた海外への労働者派遣とは性格が異なります。労働者派遣では、建設現場や工場などで働かせ、賃金の一部を国家が受け取ることで外貨を獲得してきました。
一方、兵士の派遣は、人の命を直接戦場へ投入する取引です。
北朝鮮政府にとっては外貨や物資を得る手段になりますが、派遣される兵士とその家族には極めて大きな犠牲を強いることになります。
その一方で、北朝鮮軍にとっては、無人機、電子戦、砲兵、歩兵の連携など、現代戦の実戦経験を得る機会にもなります。
北朝鮮は兵器や兵士を提供する代わりに、外貨だけでなく、戦場で得られたデータ、戦術、兵器運用の経験まで持ち帰れる可能性があります。
北朝鮮が受け取るのは現金だけではない
ロシアに対する北朝鮮の軍事支援は、金額に換算すると北朝鮮の経済規模に対して非常に大きなものになる可能性があります。
しかし、より重要なのは、北朝鮮が受け取る対価が現金だけではないことです。
ロシアから石油や食料を受け取れば、それは北朝鮮が本来、外貨を使って購入するはずだった輸入品を肩代わりしてもらうことになります。
工作機械や工業設備を受け取れば、停止していた工場を動かしたり、兵器の生産能力を高めたりできます。
精密部品や電子機器を入手すれば、ミサイル、衛星、潜水艦、無人機などの開発に利用できる可能性があります。
さらに、ロシアから高度な軍事技術が移転されれば、その価値は通常の貿易統計には表れません。
北朝鮮にとってロシアとの取引は、単純に武器を売って代金を受け取るものではありません。武器、弾薬、ミサイル、兵士などを提供し、その見返りとして外貨、石油、食料、機械、軍事技術、実戦経験をまとめて獲得する複合的な取引なのです。
なぜ国連制裁で軍事取引を止められないのか
北朝鮮による武器輸出は、本来であれば国連安全保障理事会の制裁決議に違反する行為です。
国連制裁では、北朝鮮との武器の輸出入が禁止されているほか、石炭などの主要な輸出品にも制限が設けられています。石油精製品の供給量にも上限があります。
ロシアはかつて、こうした北朝鮮制裁決議に賛成していました。
ところが、ウクライナ戦争によって大量の砲弾が必要になると、ロシアは制裁を執行する側から、北朝鮮と取引する側へ立場を変えました。
ここで重要なのは、国連制裁には世界共通の警察のような組織が存在しないという点です。
制裁を実際に機能させるためには、各国が船舶を検査し、銀行取引を追跡し、制裁違反を公表し、関係する企業や個人との取引を停止しなければなりません。
加盟国が協力して初めて、制裁は効果を発揮します。
ロシアの拒否権で制裁監視が弱体化
北朝鮮制裁の実施状況を調査してきたのが、国連安全保障理事会の北朝鮮制裁委員会専門家パネルです。
専門家パネルは、船舶の動き、石油の輸送、金融取引、武器の密輸、海外労働者などを調べ、定期的に報告書を公表してきました。
ところが2024年3月、ロシアは専門家パネルの任期延長に拒否権を行使しました。
これにより、制裁決議そのものは残ったものの、違反の実態を継続的に調査し、国連の公式文書として公表する専門チームが活動を終えました。
しかも、専門家パネルの活動終了を決める拒否権を行使したのは、北朝鮮との制裁違反取引を疑われているロシア自身でした。
その後、日本、アメリカ、韓国、イギリスなどは、多国間制裁監視チームを設立し、北朝鮮とロシアの武器取引、兵士派遣、石油供給などの監視を続けています。
ただし、この監視チームは国連安全保障理事会の正式な組織ではありません。
ロシアや中国を含むすべての国連加盟国を、同じ国際的な枠組みの中で動かす強制力はありません。
つまり、北朝鮮制裁という形式は残っていても、それを世界共通のルールとして監視し、違反国に対応を求める力は以前より弱くなっているのです。
ロシアからの石油供給が北朝鮮経済を支える
制裁監視の弱体化は、北朝鮮に入る石油の量にも影響していると考えられます。
北朝鮮にとって、石油不足は経済と軍事の両方を止めかねない重大な弱点です。
石油がなければ、戦車や軍用車両だけでなく、トラック、農業機械、発電設備なども十分に動かせません。
工場で生産したセメントや鉄筋を、平壌の建設現場へ運ぶことも難しくなります。鉱山から資源を運び出すこともできません。
そこへロシア産の石油が流入すれば、北朝鮮は軍需工場を動かしながら、農業、建設、発電、物流にも一定の燃料を回しやすくなります。
平壌の建設ラッシュは、ロシアから現金を受け取った結果だけでなく、石油や機械など、経済を物理的に動かす資源を確保できるようになったこととも関係していると考えられます。
武器輸送を支える海上ルートと鉄道
北朝鮮からロシアへ向かう軍事物資の主要な輸送手段として、海上輸送と鉄道輸送が指摘されています。
海上ルートでは、北朝鮮北東部の港からコンテナを船に積み、ロシア極東の港へ運びます。
ロシアに到着した貨物は鉄道へ積み替えられ、国内の弾薬保管施設やウクライナ方面へ輸送されるとみられています。
これとは別に、北朝鮮とロシアを結ぶ鉄道橋も利用できます。
そして、新しい道路橋が開通すれば、海と鉄道に加えてトラック輸送も可能になります。
現時点で、その道路橋を通じて武器が輸送されたと確認されたわけではありません。
それでも、港や鉄道だけでなく、道路、橋、税関、倉庫、駐車場などを整備していることは、両国が物流を長期的かつ多様な方法で拡大しようとしている可能性を示しています。
これは北朝鮮が制裁の小さな抜け穴を見つけたという話ではありません。
本来は制裁を執行する側にいた国連安全保障理事会の常任理事国ロシアが、制裁監視を弱め、石油を供給し、国境インフラまで整備して、北朝鮮との取引を支える側へ回ったという構造的な変化です。
制裁に単純な穴が開いたというより、制裁体制を支えていた大国の1つが北朝鮮の後ろ盾へ変わったと表現する方が実態に近いでしょう。
北朝鮮は中国への依存をやめたわけではない
ロシアとの協力が急拡大しているからといって、北朝鮮が中国への依存をやめたわけではありません。
ロシアは軍需品、石油、軍事技術などの重要な取引相手になりました。一方、生活物資や一般的な貿易を支えているのは、現在も中国です。
北朝鮮の市場で販売される衣類、日用品、食品、機械、電子機器などの多くは、中国との貿易に依存していると考えられます。
国境交通の再開や高官往来の活発化によって、中国と北朝鮮は経済、貿易、農業、建設などの協力を拡大する姿勢を示しています。
北朝鮮から中国への輸出では、鉱物資源が重要な位置を占めます。国際価格が上昇すれば、生産量が大きく増えなくても、同じ輸出量から得られる外貨は増加します。
つまり現在の北朝鮮には、ロシアとの軍事取引と、中国との一般貿易という性格の異なる2つの外貨獲得ルートが生まれています。
国家へ入る外貨、燃料、食料、機械、部品が以前より増え、北朝鮮政府にとっては資源を確保しやすい環境が整いつつあると考えられます。
国家が豊かになることと国民が豊かになることは違う
北朝鮮政府が使える資源は増えている可能性があります。
しかし、それは北朝鮮国民全体が豊かになったことを意味しません。
ロシアとの軍事取引で得た対価を最初に受け取るのは、北朝鮮の党と政府です。
そこから軍隊、軍需工場、科学技術部門、兵器開発、平壌の建設など、政権が優先する分野へ資源が配分されます。
しかも、ロシアからの対価が石油、工作機械、精密部品、軍事技術である場合、一般家庭の財布に現金として入る経路はほとんどありません。
石油は軍用車両や工場を動かし、工作機械は砲弾や兵器の生産能力を高めます。精密部品や技術は、ミサイル、衛星、潜水艦などの開発へ投入されます。
国家の軍事能力や生産能力は高まっても、一般労働者の給料が同じだけ増えるわけではないのです。
新しい住宅は誰でも自由に買えるわけではない
平壌に建設される新しい住宅も、日本の分譲マンションのように、誰でも自由に購入できるものではありません。
北朝鮮では住宅の配分が、その人の所属、職業、社会的地位、功績、政権への貢献などと結びついていると考えられます。
科学者、技術者、軍人、党幹部、軍需産業の労働者など、国家が重要と判断した人々に新しい住宅を与えれば、それは福利厚生であると同時に、忠誠に対する報酬となります。
また、戦死した兵士の遺族などに見栄えのする住宅を与えれば、「国家に尽くした者とその家族は報われる」という物語を国民へ示すことができます。
したがって、北朝鮮の建設ラッシュは単なる経済活動ではありません。
国家が限られた資源を誰に配るのかを示し、政権への忠誠を維持する政治的な仕組みでもあるのです。
一般家庭では給料と配給が不足
国家の優先順位から外れた一般家庭の暮らしは、都市の華やかな映像とは大きく異なる可能性があります。
北朝鮮では、国から割り当てられた仕事に就いていても、十分な給料や配給を受け取れないケースがあると指摘されています。
給料が支払われても、それだけで家族全員の生活費を賄うには不十分な場合があります。
そのため、多くの家庭は国営企業の給料だけではなく、市場での商売、親族からの支援、外貨収入、副業などに依存していると考えられます。
例えば、家族の1人が国から指定された工場へ毎日通っていても、十分な給料や食料配給がなければ、それだけで生活することはできません。
別の家族が市場で品物を売ったり、中国との取引に関わったり、外貨を持つ親族から支援を受けたりする必要があります。
もし政府が市場活動まで強く締めつければ、一般家庭にとって最後の頼みの綱となっている収入源まで失われかねません。
国家の工場が以前より動き、平壌に建物が増えても、一般家庭の夕食に並ぶ米、肉、野菜が同じように増えるとは限らないのです。
北朝鮮ウォンの下落と物価上昇
動画では、北朝鮮ウォンの価値が大きく下落し、食料や燃料の価格も上昇しているとの市場調査が紹介されています。
北朝鮮政府は為替相場や国内市場価格を透明な形で公表していません。そのため、国外の調査機関は、国境地域や一部市場の情報提供者などを通じて価格を調査しています。
調査できる地域や市場が限られているため、その数値を北朝鮮全土にそのまま当てはめることはできません。
それでも、為替相場と米、トウモロコシ、ガソリン、軽油など複数の生活必需品価格が同時に上昇しているのであれば、北朝鮮ウォンで生活する家庭の購買力が落ちている可能性があります。
注目すべきなのは、ドル換算した商品の価格が比較的安定していても、北朝鮮ウォン換算では急騰する場合があることです。
ドルや中国人民元を保有する商人、企業関係者、富裕層は、通貨下落の影響を受けにくい傾向があります。
一方、国営企業から北朝鮮ウォンで給料を受け取る一般労働者は、同じ給料で買える食料や燃料が減ってしまいます。
このように通貨安は、外貨を持つ層と持たない層の格差を一段と広げる可能性があります。
収穫量が改善しても食卓が豊かになるとは限らない
北朝鮮の食料問題は、しばしば農作物の不作と結びつけて説明されます。
しかし、仮に天候が比較的安定し、主要作物の収穫量が改善していたとしても、すべての家庭が十分な食料を手に入れられるとは限りません。
市場に食料が存在していても、給料が少なく、通貨の価値が下がれば、一般家庭はその食料を購入できないからです。
食料不足には、国内に食料そのものが存在しない「供給不足」と、食料は存在していても買うお金がない「購買力不足」があります。
北朝鮮では、この2つが同時に起きる可能性があります。
収穫量が一定程度確保されていても、流通の混乱、地域格差、配給制度の機能不全、通貨下落などによって、家庭の食卓が豊かにならないことは十分に考えられます。
北朝鮮に存在する3つの経済
現在の北朝鮮では、異なる3つの経済が重なるように動いていると整理できます。
最上部にあるのが、ロシアと武器、弾薬、ミサイル、兵士などを取引する国家の軍事経済です。
この経済では、党、軍、軍需工場、兵器開発部門などが中心となり、石油、外貨、機械、軍事技術などを獲得します。
その下にあるのが、中国との貿易や国内市場を通じて、ドルや人民元が動く外貨経済です。
貿易業者、市場商人、外貨を扱う企業、比較的裕福な層などは、この経済へ参加することで利益を得られる可能性があります。
そして最も下にあるのが、国営企業の給料や配給に依存し、北朝鮮ウォンを使って生活する一般家庭です。
ロシアとの軍事取引が直接強くするのは、最上部の国家軍事経済です。
中国との貿易や市場活動に参加できる商人や富裕層にも、一部の恩恵が届く可能性があります。
しかし、北朝鮮ウォンで給料を受け取る一般家庭には、取引の利益がほとんど届かず、通貨安や物価上昇という負担だけが及ぶ可能性があります。
上部で増えた資源が、下部の生活へ自動的に流れる仕組みが存在しないからです。
したがって、平壌に高層住宅が建ち並ぶことと、多くの一般国民が生活苦に直面することは矛盾しません。
むしろ、国家に集まった資源を軍、党、科学者、技術者、体制を支える人々へ優先配分しているからこそ、目立つ建物を建設できる一方で、一般家庭は豊かにならないという状況が生まれます。
ロシアとの協力が日本の安全保障へ与える影響
北朝鮮とロシアの接近は、北朝鮮国内の経済問題だけではありません。
日本の安全保障にも直接関係します。
ロシアから供給される石油、機械、部品は、北朝鮮の軍需工場を動かし、砲弾やミサイルの生産能力を高める可能性があります。
北朝鮮兵が実戦経験を得れば、無人機の運用、電子戦、砲兵と歩兵の連携、陣地への突入方法など、現代戦の知識が北朝鮮軍へ持ち帰られる可能性もあります。
さらに、ロシアから偵察衛星、弾道ミサイル、潜水艦、原子力、航空機、電子戦などに関する高度な技術が移転された場合、北朝鮮の兵器開発は大きく前進する恐れがあります。
北朝鮮が保有する弾道ミサイルの精度、飛行能力、探知回避能力などが向上すれば、日本にとっての脅威も高まります。
ウクライナ戦争で始まった北朝鮮とロシアの協力は、遠く離れたヨーロッパだけの問題ではありません。
ロシアが北朝鮮から兵器を受け取り、北朝鮮がその見返りに技術や資源を得る関係は、東アジアの軍事バランスにも影響を及ぼします。
北朝鮮が突然豊かになったように見える本当の理由
北朝鮮は、国民全体が突然豊かになったわけではありません。
ウクライナ戦争によって、北朝鮮政府が自由に使える資源が増えたのです。
ロシアは北朝鮮製の砲弾、ロケット弾、ミサイルなどを必要とする大口顧客となりました。
それだけでなく、ロシアは国連による制裁監視を弱体化させ、北朝鮮へ石油や物資を供給し、両国を結ぶ物流インフラの整備も進めています。
そこへ中国との貿易回復が重なり、北朝鮮国家に入る外貨、食料、燃料、機械、部品は以前より増えていると考えられます。
しかし、その資源は平等に国民へ分配されていません。
軍隊、兵器開発、軍需工場、平壌の建設、科学技術部門、党の幹部、体制維持に重要な層へ優先的に配分されます。
外から見れば、平壌の街は明るくなり、高層住宅や観光施設が増え、北朝鮮という国全体が豊かになったように見えるかもしれません。
その一方で、同じ国の中では通貨価値の下落、物価上昇、給料や配給の不足が続き、一般家庭が取り残されている可能性があります。
まとめ
北朝鮮で進む建設ラッシュと軍備拡張の背景には、ウクライナ戦争をきっかけとするロシアとの急速な接近があります。
北朝鮮は、長年維持してきた旧ソ連規格の砲弾や兵器生産能力を利用し、ロシアに軍事物資を供給する重要な存在となりました。
その見返りとして、北朝鮮は外貨だけでなく、石油、食料、機械、軍事技術、実戦経験などを得ている可能性があります。
さらに、ロシアが国連の制裁監視体制を弱体化させたことで、北朝鮮とロシアの取引を国際社会が把握し、止めることは以前より難しくなっています。
一方、中国との通常貿易も回復し、北朝鮮政府が使える資源は増えつつあります。
ただし、国家の資源が増えることと、国民全体が豊かになることは同じではありません。
増加した資源は、軍需産業、兵器開発、平壌の都市建設、党や軍に近い層へ集中的に配分されています。
そのため、平壌に高層住宅が建ち、豪華な観光施設が完成する一方で、一般家庭では通貨安や物価上昇によって生活が苦しくなるという状況が同時に起こり得ます。
今の北朝鮮で進んでいるのは、国民全体の所得や消費が幅広く増える一般的な経済成長というよりも、軍事取引によって国家が動員できる資源が増え、その資源が体制維持に必要な分野へ集中する現象だと考えられます。
北朝鮮は確かに変化しています。しかし、その変化を「北朝鮮が豊かになった」と単純に表現することはできません。
高層住宅や新型駆逐艦の背後で、誰が利益を得て、誰が負担を引き受けているのかを見ることが、現在の北朝鮮を理解するうえで重要です。


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