本記事は、YouTube動画『なぜ危機でも円安が止まらないのか?「有事の円高」が起きない理由をわかりやすく解説します』の内容を基に構成しています。
中東情勢の緊張が高まり、アメリカとイスラエルによるイランへの大規模な軍事攻撃が報じられるなかで、多くの人が気にしているのが為替の動きです。これまで「有事の円高」という言葉を聞いてきた人にとっては、危機が起きているのに円高ではなく円安が進んでいる現状は、非常に不思議に映るかもしれません。
実際、今回の局面では、地政学的リスクの高まりとともに原油価格が急騰し、ドル円相場は1ドル160円目前まで円安が進みました。かつては危機の際に買われる通貨として円が注目されてきましたが、今起きているのはそれとは真逆の動きです。
では、なぜ今は「有事の円高」が起きないのでしょうか。そもそも「有事の円高」とは本当に日本円が安全だから起きていたのでしょうか。本記事では、動画の内容をもとに、危機のときにドルが買われる理由、原油高と円安の関係、そして日本経済の構造変化によって「有事の円高」が起こりにくくなっている背景を、初心者にもわかるように丁寧に整理していきます。
今回の危機で実際に起きたのは「ドル高円安」だった
今回の動画では、まずアメリカとイスラエルによるイラン攻撃の開始後、為替相場がどのように動いたのかが整理されています。攻撃開始直前の2月28日には、ドル円相場は1ドル156円近辺で推移していました。しかし攻撃直後こそ一瞬だけ円高方向に動いたものの、その後は一気に円安ドル高へと流れが変わり、157円台半ばまで上昇しました。
さらにその後も混乱の長期化が意識されるにつれて円安は進み、3月13日には一時159円80銭台まで上昇しました。これは2024年7月以来、およそ20カ月ぶりの円安水準であり、160円突破も現実味を帯びる状況となっています。
重要なのは、この動きがドル円だけの話ではないという点です。ドルの総合的な強さを示すドル指数も上昇しており、ユーロやポンドだけでなく、通常は強い通貨として見られやすいスイスフランに対してもドルが買われる展開が起きています。例外的に比較的底堅いのは、カナダドルやオーストラリアドルのような資源国通貨くらいであり、全体としては「世界的なドル高局面」が到来していると見ることができます。
この事実だけでも、従来の「危機が起きれば円が買われる」という単純な見方では、今の相場を説明できないことがわかります。
なぜ危機のときにドルが買われるのか
「有事には安全資産が買われる」と聞くと、多くの人はまず金を思い浮かべるかもしれません。実際、近年は脱ドル化の流れや世界的な不確実性の高まりを背景に、金価格は歴史的な高値圏にありました。そのため、世界が不安定になれば金がさらに買われると考える人も少なくありません。
しかし、今回の動画では、本当に世界規模の危機が現実味を帯びたとき、最終的に選ばれるのは金ではなく米ドルであると説明されています。実際、今回の危機局面では金が対ドルで10%近く下落しており、「安全資産だから金が一方的に買われる」とも限らないことが示されました。
危機のときに最も重要なのは「今すぐ使えること」
その理由として挙げられているのが「決済性」です。危機が起きたとき、企業や投資家、政府が最も重視するのは、価値がある資産を持つこと以上に、「今すぐ支払いに使える手段を確保すること」です。
金は長期的な価値保存手段としては非常に優れていますが、食料やエネルギーをその場で買うための直接的な決済手段にはなりません。一方で、世界の貿易決済や金融市場で圧倒的なシェアを持つ通貨は米ドルです。つまり、世界的な危機が起きた瞬間、資金は「今すぐ使える現金」としてのドルを求めることになります。
このため、危機が表面化すると、投資家や企業は保有していた資産を売却してでもドルを確保しようとします。今回のケースでも、あらかじめ有事に備えて買われていた金の一部が売却され、ドルへ換金されたと考えられると動画では解説されています。
脱ドルの流れがあっても、現実にはドルの代わりがない
近年は、世界的に「脱ドル」の動きが強まっているとも言われます。各国が外貨準備の多様化を進めたり、貿易決済で自国通貨の利用を広げたりする動きは確かにあります。しかし、今回のような危機局面では、現時点でドルに代わる存在がないことが改めて浮き彫りになりました。
理屈の上ではドル依存を減らす議論が進んでいても、実際に市場が混乱し、すぐに支払い能力や流動性が求められる局面では、最終的にドルの強さが際立つのです。これが「危機のときにドルが買われる」最も根本的な背景です。
原油高が円安を加速させる仕組み
今回の危機では、単に地政学的リスクが高まっただけではなく、エネルギー市場にも大きな影響が出ています。動画では、ホルムズ海峡が事実上封鎖される事態にまで発展し、石油や天然ガスの先物価格が急騰したことが強調されています。WTI原油先物価格が終値ベースで1バレル100ドルを超えたのは、ウクライナ戦争初期の2022年7月以来のことでした。
この原油高が、円安に対して非常に強い圧力をかけることになります。
原油の国際取引は基本的にドル建てで行われる
原油や天然ガスなどの国際取引は、基本的に米ドル建てです。つまり、日本のようなエネルギー輸入国は、原油を買うためにドルを用意しなければなりません。原油価格が上がれば、それだけ同じ量の原油を買うのに必要なドルも増えます。
たとえば、以前は100の原油を買うのに60ドルで済んでいたものが、100ドル必要になるとしたら、輸入企業は追加で40ドル分をどこかで調達しなければなりません。日本企業はそのために円を売ってドルを買う必要があり、この動きが市場全体では円安圧力として働きます。
実需のドル買いは「巻き戻し」が起きにくい
ここで重要なのは、こうしたドル買いが単なる投機とは違うという点です。為替市場では、投資家による短期売買や為替ヘッジなど、後で反対売買が起きる前提の取引が数多くあります。たとえば、ドル資産を買った投資家も、いずれ利益確定のためにドルを売って円に戻すことがあります。こうした取引は、ある程度時間が経てば巻き戻しが起きやすいものです。
しかし、原油の輸入代金として支払われるドルは性質が違います。石油を買うために支払ったお金は、そのまま代金として消えていくため、あとから円に戻るわけではありません。つまり、これは「巻き戻しのない一方通行のドル需要」です。
このため、全体の為替取引の中で実需の割合が大きくないとしても、その影響は無視できません。特にエネルギー価格が上昇した局面では、市場が反射的にドル高・円安を織り込みやすくなる構造があるのです。
そもそも「有事の円高」とは何だったのか
ここで改めて考えたいのが、「有事の円高」とは本来どういう現象だったのかという点です。メディアなどでは長年、「日本円は安全資産だから、有事になると買われる」と説明されてきました。たしかに過去には危機の際に円高になった場面がありましたが、その理由を単純に「円が安全だから」と説明するのは、実はあまり正確ではありません。
動画では、「有事の円高」の正体として主に2つのメカニズムが紹介されています。
1つ目は日本の海外資産が戻ってくるという思惑
日本は1990年以降、ほとんどの期間で世界最大級の対外純資産国でした。つまり、日本の企業や金融機関、投資家は海外に膨大な資産を持っています。このような構造のもとで危機が起きると、日本の保険会社や金融機関、企業が海外資産を売却して円に戻すのではないか、という観測が市場で強まりやすくなります。
海外資産を売って円に戻すということは、外貨を売って円を買うことですから、当然円高圧力になります。ここで大切なのは、実際に大規模な資金還流が起きたかどうかだけでなく、「起きるだろう」という市場の予測そのものが円買いを誘うという点です。
代表例としてよく挙げられるのが、2011年の東日本大震災です。日本が大きな被害を受けたにもかかわらず、為替は円高に動きました。一見すると不思議ですが、これは保険金支払いなどに備えて日本の保険会社が海外資産を売って円に戻すだろうと市場が予測したためです。さらに1995年の阪神淡路大震災後に、地震発生から3カ月後に円高が進んだ経験も影響していました。
つまり、「日本が安全だから円が買われた」のではなく、「日本が持つ巨額の海外資産が戻ってくると予想されたから円が買われた」と考えるほうが、実態に近いのです。
2つ目は円キャリートレードの巻き戻し
もう1つの大きなメカニズムが、円キャリートレードの巻き戻しです。日本は長い間、超低金利政策を続けてきました。そのため、投資家は低金利の円を借りて、高金利の外貨で運用するという取引を世界中で行ってきました。これが円キャリートレードです。
こうした取引は、平時には利益を生みやすい一方で、危機が起きて市場が不安定になると、投資家はポジションを縮小し始めます。具体的には、高金利通貨や外貨建て資産を売って、借りていた円を買い戻して返済する動きが起きます。これが円高につながります。
特に主要国との金利差が大きい期間が長く続いていると、円キャリーのポジションが積み上がりやすくなり、危機発生時の巻き戻しも大きくなります。そのため、過去には「有事になると円が上がる」という現象が繰り返し見られたのです。
今回はなぜ「有事の円高」が起きなかったのか
では、こうしたメカニズムがあるにもかかわらず、なぜ今回は円高ではなく円安が進んだのでしょうか。動画では、その背景として日本経済の構造変化が大きいと説明されています。
資源高による円売り圧力が強すぎる
まず大きいのが、資源高による円売り圧力です。これは先ほど説明した原油高・エネルギー高による実需のドル買いと表裏一体の関係です。エネルギー価格が上昇すれば、日本のような資源輸入国では半ば自動的に円の流出額が膨らみます。
動画によれば、日本の鉱物性燃料の年間輸入額は約24兆円に達しています。そして、アジア市場との連動性が高いドバイ原油先物は、年初の60ドル台から足元では2倍以上に高騰しているとされます。もちろん、備蓄や長期契約があるため、原油価格の上昇がそのまま輸入額の倍増に直結するわけではありません。しかし、エネルギー価格の高騰が続けば、日本からのドル流出が増えることは避けにくい構造です。
実際、ウクライナ戦争が始まった2022年には、日本の鉱物性燃料輸入額は2021年の17兆円から33兆5000億円へと大きく増えました。さらにその前の2020年は11.3兆円だったことを考えると、エネルギー価格の変動が日本経済に与える影響の大きさがよくわかります。
こうした事情を市場参加者もよく理解しているため、原油高や天然ガス高は、明確な円売り材料として意識されやすくなっています。
日本の対外資産は「すぐ戻せる資産」ではなくなってきた
もう1つの大きな変化は、日本の対外資産の中身が変わってきたことです。以前は日本の海外資産の中心は、外国株や外国債券などの証券投資でした。これらは比較的売却しやすく、危機の際には円に戻しやすい資産です。
しかし近年では、海外の工場建設や企業買収など、対外直接投資の比重が高まっています。海外の工場、不動産、子会社株式といった資産は、危機が起きたからといってすぐに売って日本へ資金を戻せるものではありません。しかも、海外事業で得た利益も現地で再投資されるケースが増えており、日本に戻ってきにくくなっています。
つまり、以前のように「危機だから日本の海外資産が円に戻ってくるだろう」という前提が、構造的に弱まっているのです。これによって、「有事の円高」を支えていた1つ目の土台がかなり崩れてきています。
円キャリーの巻き戻しも起きにくい環境になっている
もう1つの土台だった円キャリートレードの巻き戻しについても、今回はあまり強く働いていないと動画では見ています。その理由は、今回の危機がエネルギー高や物流混乱を通じて、むしろ世界的なインフレ圧力を高める可能性があるからです。
本来、危機が深まると景気悪化への懸念から各国の中央銀行が利下げに向かい、日米などの金利差が縮小して円キャリーの巻き戻しが起きやすくなります。しかし今回は、物価上昇リスクが強いため、利下げよりも利上げや高金利維持が意識されやすい環境になっています。
特にアメリカについては、これまで進んでいた利下げの流れが止まり、場合によっては利上げが意識される展開に変わってきたと動画では述べられています。日米金利差が急速に縮小する見通しが薄れている以上、円キャリーを慌てて巻き戻す動機も弱くなりやすいわけです。
その結果として、円に戻す資産も少なく、円に戻す理由も弱いという状況が生まれています。これが、今回「有事の円高」が発動せず、むしろ円安が進んでいる核心だといえるでしょう。
日本経済にとっては「原油高」と「円安」の二重苦になる
今回の動画では、こうしたドル高円安の流れが単なる為替の問題ではなく、日本経済全体に重い負担を与える可能性にも言及されています。
日本はエネルギー資源の多くを海外からの輸入に依存しています。そのため、原油価格が上がるだけでも輸入コストが増えますが、そこに円安が重なると、同じ量のエネルギーを買うために必要な円の額がさらに増えてしまいます。いわゆる「原油高と円安のダブルパンチ」です。
これは企業にとっては仕入れコストの上昇につながり、家計にとってはガソリン代、電気代、ガス代、食品価格などの上昇として跳ね返ってきます。特に中小企業や低所得層ほど打撃を受けやすく、経済全体の重しになりやすい点には注意が必要です。
過去にもエネルギー価格の急騰は日本経済に大きな負担を与えてきましたが、今回はそれに加えて「有事でも円が買われない」という構造変化があるため、以前よりも一段と厳しい局面になる可能性があります。
市場では断定よりも「なぜそう見られているのか」を考えることが重要
動画の終盤では、為替や相場全般に対する向き合い方についても重要な指摘がありました。現在起きているのは武力行使を伴う大規模な紛争であり、エネルギー価格や中央銀行の姿勢も短期間で大きく変わる可能性があります。つまり、今説明されている前提が今後もそのまま続くとは限りません。
たとえば、事態がさらに深刻化すれば市場の見方が一変する可能性もありますし、逆に停戦やエネルギー供給不安の後退によって、急速に相場が巻き戻る可能性もあります。市場は常に「今の前提」で動いていますが、その前提自体が変化することを忘れてはいけません。
そのため、「絶対に円安だ」「必ず円高になる」「短期で終わる」「長期化は確定だ」といった断定的な見方には慎重であるべきだと動画では述べられています。市場がなぜその方向を見ているのか、どんな構造や期待が背景にあるのかを一度立ち止まって考えることが、特に不安定な局面では大切になります。
まとめ
今回のイラン危機では、かつてよく語られてきた「有事の円高」は起きず、むしろドル高円安が進行しました。その背景には、危機時におけるドルの圧倒的な決済通貨としての強さがあります。金よりも、まずは今すぐ使えるドルが求められるという現実が、今回の相場でも改めて確認されました。
さらに、原油や天然ガスなどの国際取引がドル建てで行われているため、エネルギー価格が上昇すると、日本のような輸入国では実需のドル買いが発生しやすくなります。このドル買いは巻き戻しのない性質を持つため、円安圧力として無視できません。
加えて、かつての「有事の円高」を支えていた日本の海外資産の還流期待や、円キャリートレードの巻き戻しも、現在では以前ほど機能しにくくなっています。海外資産の中身が直接投資中心に変わり、すぐに円に戻せる資産が減っていること、そして今回の危機では利下げよりもインフレ再燃や高金利維持が意識されていることが、その背景にあります。
その結果として、今の日本は「有事でも円が買われにくい」構造に入りつつあるともいえます。原油高と円安の組み合わせは、日本経済にとって大きな負担になり得るため、今後の中東情勢、エネルギー市場、そして日米の金融政策の行方を引き続き注意深く見ていく必要がありそうです。


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