本記事は、YouTube動画『AI黄金時代か、1970年代型インフレ再来か』の内容を基に構成しています。
市場が信じる「AI黄金時代」の裏側
現在の金融市場では、AIが生産性を大きく引き上げ、企業のコスト上昇を吸収し、インフレを自然に落ち着かせるという見方が広がっています。
このストーリーでは、AIによって企業は少ない人員で多くの仕事をこなし、利益率を維持しながら成長を続けます。その結果、テクノロジー株を中心に強気相場が続くという、非常に美しいシナリオが描かれています。
実際、この2年ほど市場ではこの見方が支持されてきました。テクノロジー株は高値圏を更新し、多くの投資家がAI関連銘柄に資金を向けています。
しかし、今回の動画では、その主流ストーリーとは少し違う可能性が語られています。AI相場が間違いだと断言するのではなく、市場参加者の多くが同じ方向に賭けすぎていること自体に注意を向けるべきだという内容です。
多くの人が同じ台本を信じているとき、反対側のリスクは十分に価格へ織り込まれていない可能性があります。
株高なのに国債が弱いという矛盾
現在の市場には、いくつかの矛盾したシグナルが出ています。
株式市場は強く、特にテクノロジー株は高値圏で推移しています。一方で、長期国債は弱い動きを見せています。また、AI関連株が強いだけでなく、銅や金といったコモディティも強い動きを見せています。
銅は2026年初頭に史上最高値圏まで上昇し、金も2025年に3000ドルを突破したあと高値圏で推移しているとされています。
これは単純な強気相場だけのサインとは言い切れません。むしろ市場が「AIによる生産性向上」という台本と、「長期インフレサイクルの再来」という台本の間で揺れているようにも見えます。
ここで重要になるのが、1960年代後半から1970年代にかけて起きたインフレサイクルです。
なぜ比較対象は1970年代ではなく1960年代後半なのか
多くの人は現在の状況を1970年代と比較します。1970年代は、1973年の第1次オイルショック、1979年の第2次オイルショックによって、インフレ率が何度も2桁に達した時代です。
株式市場も厳しい時期でした。S&P500は、1968年の高値と1982年の安値がほぼ同じ水準だったと説明されています。名目上の株価は大きく下がっていないように見えても、その間に物価が大きく上昇したため、実質的な購買力は大きく削られました。
つまり、2026年からS&P500に投資し、2040年に株価の額面が今と同じだったとしても、その間に物価が大きく上がっていれば、実質的な資産価値は減っているということです。
これが1970年代型相場の怖さです。
ただし、動画で強調されているのは、1970年代のインフレは突然始まったわけではないという点です。火種はすでに1960年代後半に生まれていました。
当時のアメリカは、ベトナム戦争への巨額の軍事支出と、ジョンソン政権による「偉大な社会」計画という福祉拡大を同時に進めていました。さらに1964年には大規模減税も実施され、歳入は圧迫される一方で歳出は膨らみました。
その結果、財政赤字と金融緩和的な環境が重なり、経済全体に過剰な需要が残りました。これが1960年代後半からインフレの火種を広げていったのです。
現代アメリカにも似た構造がある
動画では、現在のアメリカにも1960年代後半と似た構造があると指摘されています。
コロナ後の大規模刺激策、インフレ削減法、CHIPS法、減税延長を含む財政拡張、国防関連支出の増加など、政府支出は大きく膨らんでいます。
さらに、AI関連の設備投資も急増しています。AIハイパースケーラー関連の設備投資は、2026年に5000億ドルを超えるとの見方があり、一部では主要企業合計で7000億ドル規模に近づくとも見られています。
これは単なる民間企業の投資ではありません。米中テクノロジー戦争の一部でもあり、国家が後押しする産業政策の側面もあります。
さらに、ホルムズ海峡を巡る緊張など、エネルギー供給に関わる地政学リスクも続いています。
つまり、現在の状況は「突然オイルショックが起きるかどうか」という単純な話ではありません。むしろ、1960年代後半と同じように、インフレ圧力が構造的に蓄積されており、あとは火の粉が落ちるだけという状態に近づいている可能性があるということです。
中央銀行の独立性がインフレのカギを握る
動画の中で特に重要な歴史として、1960年代後半のFRB議長ウィリアム・マーティンの話が紹介されています。
マーティンは「中央銀行の役割は、パーティーが盛り上がっているときにパンチボウルを片付けることだ」という有名な言葉で知られています。これは、景気が過熱しているときに金融引き締めを行うのが中央銀行の仕事だという意味です。
1965年12月、マーティンはジョンソン政権の反対を押し切って利上げを行いました。これに対し、ジョンソン大統領はマーティンをテキサスの牧場に呼びつけ、強い圧力をかけたとされています。
マーティンはその場では屈しませんでした。しかし、その後も続く政治的圧力の中で、少しずつ政策姿勢を緩めていきました。1968年にジョンソン政権が一時的な増税を約束すると、マーティンは緩和寄りの政策に転じました。
動画では、この妥協がインフレ防衛戦の最後の砦を弱める決定になったと説明されています。
その後、FRB議長となったアーサー・バーンズの時代には、ホワイトハウスの要求が金融政策に強く影響したとされています。ニクソン大統領が再選に向けて金融緩和を求めたことも、公開された録音や研究で確認されています。
つまり、1970年代インフレの本当の原因はオイルショックだけではありません。オイルショックは火の粉に過ぎず、真の原因は中央銀行の独立性が政治的圧力によって少しずつ削られていったことにある、という見方です。
現代のFRBにも同じリスクがある
現在も、FRBに対する政治的圧力は無視できません。トランプ氏は過去に繰り返しFRBへ利下げ圧力をかけてきました。FRB議長人事についても、より低金利に前向きな人物を求める文脈で語られることがあります。
もちろん、候補者や関係者は中央銀行の独立性を維持すると発言するでしょう。しかし歴史が教えているのは、就任時の発言ではなく、その後、毎月のように続くホワイトハウスからの圧力に耐えられるかどうかです。
もし市場が「FRBはインフレと全力で戦わないかもしれない」と感じ始めれば、長期インフレ期待が緩み始めます。
人々が将来のインフレ率は高止まりすると信じ始めると、労働者はより高い賃上げを求めます。企業もそれを見越して価格を引き上げます。その結果、インフレが自己実現的に続いてしまうのです。
1970年代は最終的にポール・ボルカーが政策金利を20%近くまで引き上げ、このサイクルを力ずくで断ち切りました。しかし、その代償は大きく、2度の深い景気後退、高い失業率、多くの企業倒産を招きました。
問題は、現在のアメリカではボルカー型の引き締めが以前より難しくなっている可能性があることです。現在は政府債務が大きく、利払い費も年間1兆ドル規模に達しているとされています。大幅利上げをすれば、米国債市場に強いストレスがかかり、グローバル金融システム全体に影響する可能性があります。
AIは経済を「軽くする」のではなく「重くする」
市場の主流ストーリーでは、AIは生産性を上げ、コストを下げる存在として語られています。これは確かに正しい面があります。
AIによってコード作成や分析作業は効率化され、企業は少ない人数で多くの仕事をこなせるようになります。単位労働コストが下がれば、企業の利益率は守られ、インフレ圧力も抑えられるという考え方です。
しかし動画では、AIにはもう1つの側面があると指摘されています。
それは、AIが経済を再び「重くする」力でもあるということです。
過去30年間、世界経済はどんどん軽くなってきました。1980年代のアメリカ経済は、自動車産業や鉄鋼、石油など、物理的な資源を大量に使う産業が中心でした。しかし1990年代以降、シリコンバレーが台頭し、ソフトウェア、プラットフォーム、データといった無形資産が経済の中心になっていきました。
その時代に強かった投資戦略の1つが、テクノロジー株と長期国債の組み合わせです。経済が軽く、インフレが低く、金利が下がる環境では、この組み合わせが非常にうまく機能しました。
しかしAIは、この流れを逆転させる可能性があります。
ChatGPTと1回会話するだけなら、表面上は非常に軽いデジタルサービスに見えます。しかしその裏側には、巨大なデータセンター、数万個規模のGPU、GPU製造に必要な銅やシリコンやレアアース、24時間稼働させるための電力、発電所、送電網、コンクリート、鉄筋、冷却設備、水が必要です。
つまり、無形に見えるAIの裏側には、極めて重い物理インフラが存在しています。
AIが普及すればするほど、データセンター、電力、鉱物、素材、冷却設備の需要は増えていきます。これは、単なるIT投資ではなく、電力システムそのものを揺さぶる規模の需要です。
生産性効果よりインフラ需要が先に来る
AIには、生産性を高める効果と、インフラ需要を増やす効果があります。
ただし、この2つには時間差があります。
インフラ需要は今すぐ発生します。データセンターを建設し、発電所を作り、送電網を整備し、鉱物を掘る必要があります。これは5年から10年にわたって続く可能性がある巨大な需要です。
一方で、生産性向上がマクロ経済全体の統計に明確に表れるまでには時間がかかります。蒸気機関、電気、インターネットといった過去の汎用技術も、商用化されてから生産性統計に反映されるまでには時間差がありました。
そのため、短期から中期では、AIによるインフラ需要がもたらすインフレ圧力の方が、生産性向上によるインフレ抑制効果を上回る可能性があります。
市場は今、この2つの効果が同時に良い形で作用すると見ているかもしれません。しかし、その前提が間違っている可能性があるというのが動画の重要な指摘です。
資源が再び武器になる時代
経済が軽い時代には、市場が比較的自由に機能していました。ソフトウェアをどこで開発するか、データをどのクラウドに保存するかは、効率や価格によって決まりやすい世界でした。
しかし、経済が重くなると話は変わります。
鉱物をどこで掘るのか。電力をどこで作るのか。送電網をどこに敷くのか。データセンターをどの国に建てるのか。これらはすべて政治的な問題になります。
実際、アメリカは先端半導体の中国への流出を制限しています。中国は対抗措置として、ガリウム、ゲルマニウム、レアアースなどの輸出管理を強化してきました。インドネシアはニッケル鉱石の輸出を制限し、国内加工を義務づけました。
アメリカはインフレ削減法を通じて、重要鉱物の調達先をアメリカ国内や友好国に寄せる仕組みを作りました。EUも重要原材料法で追随しています。
つまり、資源は単なる商品ではなく、安全保障上の戦略物資になっています。
日本もこの流れの中にあります。経済安全保障推進法、重要鉱物の確保戦略、半導体サプライチェーンの再構築、ラピダスやTSMC熊本工場など、日本政府も資源と技術の国内回帰を進めています。
この流れは、国家が市場よりも重要になる時代の始まりとも言えます。
1970年代から学ぶ4つの教訓
教訓1:景気局面より原因を見ることが重要
伝統的な資産配分では、景気後退時には株が弱く、債券が強いと考えられています。そのため、景気が悪くなれば長期国債を買えばよいという発想があります。
しかし1970年代は、このロジックが十分に機能しませんでした。景気後退にもかかわらず、債券も弱かったのです。
理由は、不況の原因が需要崩壊ではなく、供給ショックとインフレ暴走だったからです。
したがって、今見るべきなのは「景気後退が来るかどうか」だけではありません。その景気後退がディスインフレを伴うのか、それともスタグフレーション的なものなのかを見る必要があります。
FRBが利下げしたとしても、それがインフレを本当に抑え込んだ結果なのか、それとも政治的圧力に押された結果なのかで意味は大きく変わります。
教訓2:株式の底打ちにはインフレのピークアウトが必要
通常、株式市場は実体経済より6ヶ月から1年ほど先行して動くとされます。景気後退が終わる前に株価が底打ちすることも多いです。
しかし1970年代には、このパターンがうまく機能しにくい場面がありました。
利下げだけでは不十分で、インフレが本当にピークアウトしたという確認が必要だったからです。
インフレが高い環境では、企業の名目売上が増えても、実質利益は圧迫されます。また、将来キャッシュフローの現在価値も、高い割引率によって圧縮されます。
そのため、株式市場の底打ちを判断する際には、FRBが利下げしたかどうかだけでなく、インフレが構造的に低下しているかを見る必要があります。
特に注目すべきなのは、ヘッドラインCPIだけではなくコアPCE、そして5年から10年の長期インフレ期待です。長期インフレ期待が上昇し始めた場合、それは非常に危険なサインになります。
教訓3:ゴールドは中央銀行への信認低下に対するヘッジ
多くの人は、ゴールドを単純なインフレヘッジと考えています。物価が上がるなら金を買う、という理解です。
しかし動画では、これは単純化しすぎだと説明されています。
1970年代に金は35ドルから850ドルへ、約24倍になりました。金がここまで強かった理由は、CPIが高かったからだけではありません。
インフレ暴走、ドルの金本位制離脱、ブレトンウッズ体制の崩壊、実質金利の深いマイナス、FRBへの信認低下が同時に起きたからです。
つまりゴールドは、単なる物価上昇への備えではなく、通貨制度や中央銀行への信頼が揺らぐ局面で強くなる資産でもあります。
見るべき指標としては、CPIやPCE、実質金利、ドルインデックス、長期インフレ期待、そして中央銀行のゴールド購入量があります。
特に2022年以降、ロシア中央銀行関連の資産取引が制限されたことで、新興国を中心にドル資産を持つこと自体が地政学的リスクとして意識されるようになりました。そのため、凍結されにくい資産としてゴールドを買う動きが強まっています。
教訓4:1970年代でも全ての株が悪かったわけではない
1970年代は株式指数にとって厳しい時代でした。しかし、すべての個別銘柄が悪かったわけではありません。
エネルギーセクターは相対的に強く、コモディティや金属関連企業も堅調でした。また、バリュー株がグロース株を上回る局面もあり、小型株が大型株を上回る場面もありました。
重要なのは、高インフレ・高金利環境では「株全体が良いか悪いか」ではなく、どの企業がコスト上昇を販売価格に転嫁できるかです。
価格転嫁できる企業は生き残り、場合によっては成長します。反対に、コスト上昇を価格に反映できない企業は利益を圧迫されます。
今回の2020年代サイクルには、1970年代にはなかった要素もあります。それがAIインフラ需要です。
鉱物を掘る会社、電力を作る会社、送電網を整備する会社、データセンターを建てる会社は、過去30年間では脇役と見なされてきました。しかし今後は、AI黄金時代でもインフレ時代でも、これらの企業が重要な役割を果たす可能性があります。
今後の市場を判断する4つの変数
動画では、今の市場は3つの台本の間で揺れていると説明されています。
第1の台本は、AIによって生産性が爆発的に上がり、インフレが自然に収まり、強気相場が続くシナリオです。
第2の台本は、1960年代後半から1970年代のような長期インフレサイクルが形を変えて再来するシナリオです。
第3の台本は、その両方の力が拮抗し、膠着状態が続くシナリオです。
現在は第3の台本に近い状態かもしれません。しかし、この均衡は永遠には続きません。どちらかに倒れる可能性があります。
その方向を判断するために重要なのが、FRBの政治的独立性、長期インフレ期待、ビッグテックのAI設備投資、資源の武器化です。
FRBが政治的圧力に耐えられるか。5年先のフォワードインフレ期待が上昇し始めるか。AI設備投資がさらに加速するか。重要鉱物の輸出規制や産業政策、中央銀行のゴールド購入が強まるか。
これらの要素が加速すれば、1970年代型インフレサイクルの現実味は高まります。
追加解説:なぜコモディティが重要になるのか
どの台本が実現しても、コモディティ関連資産には一定の意味があります。
AI黄金時代が続く場合でも、データセンター、電力、鉱物、素材の需要は消えにくいです。AIを動かすには物理的なインフラが必要だからです。
1970年代型インフレが再来する場合、コモディティは有力な防衛手段になります。1970年代には金が約24倍になり、原油も大きく上昇しました。
そして、AI成長とインフレ圧力が同時に存在する第3の台本でも、コモディティは両方のシナリオに対するオプション価値を持つ資産になり得ます。
つまり、コモディティは単なるインフレ対策ではなく、AIインフラ需要、地政学リスク、資源の武器化、中央銀行への信認低下といった複数のテーマにまたがる資産だと言えます。
まとめ:1つの台本に賭けすぎないことが重要
今回の動画で最も重要なメッセージは、市場の多くがAI生産性爆発の台本に賭けているということです。
この台本は正しいかもしれません。AIが本当に生産性を大きく引き上げ、インフレを抑え、企業利益を押し上げる可能性はあります。
しかし、多くの投資家が同じ方向に賭けているとき、反対側のリスクは十分に織り込まれていないことがあります。
その反対側のリスクとは、1960年代後半から1970年代型の長期インフレサイクルです。財政拡張、中央銀行の独立性低下、AIによる経済の重量化、資源の武器化、国家が市場を上回る流れ。これらは明日すぐに爆発するものではありませんが、日々静かに蓄積されています。
投資家は、AI黄金時代だけに100%賭ける必要はありません。同時に、1970年代型インフレだけに全賭けする必要もありません。
大切なのは、ポートフォリオの中に複数の台本に対応できる余地を持つことです。
ゴールド、エネルギー、鉱物、電力、インフラ関連資産は、そのための選択肢になり得ます。どの台本が実現しても、AI時代の物理的な土台を支える資産であり、同時にインフレや通貨不安への備えにもなり得るからです。
不確実な時代に最も危険なのは、1つのストーリーだけを信じ切ることです。市場が美しい物語に酔っているときほど、その裏側にある別の台本にも目を向けておく必要があります。


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