日本では新NISAの普及を背景に、オルカンこと「eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー)」やS&P500に連動する投資信託へ資金を振り向ける人が増えています。
一見すると、これは単純に「海外株の方が成長しそうだから」という投資判断に見えます。
しかし、歴史を振り返ると、成熟した国の資本が国外へ向かう現象は決して珍しいものではありません。
17世紀のオランダではイギリスへ、19世紀末のイギリスではアメリカへと資金が流れました。
そして現在、日本の個人投資家も日本国内ではなく、オルカンやS&P500を通じて世界、特にアメリカへ資金を投じています。
こうした動きは単なる投資ブームなのでしょうか。それとも、成熟国家がたどる歴史的なパターンの1つなのでしょうか。
今回の動画では、川北稔氏の著書『イギリス繁栄のあとさき』を手がかりに、覇権国家の盛衰と資本移動、そして現在の日本人が海外投資へ向かう背景について考察しています。
1995年には「アメリカは終わる」と考える人も多かった
動画は1995年のアメリカの状況から始まります。
当時、アメリカの将来を悲観する見方には、それなりの説得力がありました。
アメリカは財政赤字と貿易赤字という「双子の赤字」に苦しみ、製造業では日本やドイツの企業に押されていました。
さらに、日本企業がニューヨークの一等地を購入するなど、日本経済の存在感が非常に大きかった時代でもあります。
そのため、「アメリカの覇権は終わったのではないか」と考える人がいても不思議ではありませんでした。
しかし、それから約30年が経過した現在、アメリカ株は世界の株式市場で依然として大きな存在感を持っています。
日本の個人投資家も、新NISAを通じてアメリカ株を中心とした世界株へ積極的に投資しています。
ここから分かるのは、「大国の衰退」を予測することがいかに難しいかという点です。
衰退の兆候が見えていたとしても、それが実際に投資判断へ影響するほどの変化になるまでには、非常に長い時間がかかる可能性があります。
『イギリス繁栄のあとさき』から現在を見る
動画で紹介されている『イギリス繁栄のあとさき』は、1995年に刊行され、その後2014年に文庫化された書籍です。
著者の川北稔氏は、イギリス近代史を専門とする歴史学者です。
この本の特徴は、単なるイギリス史ではなく、19世紀末のイギリスと20世紀末の日本を重ね合わせながら、成熟国家がどのように変化していくのかを考察している点にあります。
著者は歴史学を、過去を振り返るだけの学問ではなく、現在や未来を考えるための道具として捉えています。
その考え方を現在の日本やアメリカに当てはめることで、オルカンやS&P500への投資も違った角度から見ることができます。
覇権国家は「生産・商業・金融・文化」の順に強くなる
本書を理解するうえで重要なのが、「ヘゲモニー」という言葉です。
ヘゲモニーとは、簡単にいえば覇権を意味します。
本書では、世界経済における覇権は主に次の順番で確立すると考えられています。
- 生産
- 商業
- 金融
- 文化
まず農業や工業などの生産力で優位に立ち、その後、世界貿易を支配する商業力を持つようになります。
さらに資本市場や通貨を通じて金融面での影響力を強め、最後に文化的な影響力を持つようになります。
重要なのは、覇権を失う際も同じ順番で弱くなっていくという考え方です。
まず生産力が低下し、次に商業上の優位が薄れていきます。
一方で、金融と文化は比較的長く残ります。
そのため、ある国が衰退局面に入っていたとしても、金融市場や文化産業が依然として非常に強いという状況が起こり得ます。
現在のアメリカはどの段階にいるのか
動画では、この「生産・商業・金融・文化」という4つの階層を現在のアメリカに当てはめています。
まず生産面を見ると、アメリカでは製造業が国内経済に占める割合が長期的に低下してきました。
特に半導体などの重要産業については、補助金などを使って国内生産を呼び戻そうとする政策が進められています。
商業面でも、かつてのように自由貿易のルールを主導するだけではなく、関税や規制、経済安全保障を利用して貿易を管理する動きが強まっています。
一方で、金融と文化の影響力は依然として非常に大きいと動画では指摘しています。
ドルは世界の基軸通貨として重要な役割を持ち、世界中の資金がアメリカの金融市場に集まっています。
文化面でも英語、映画、音楽、SNS、大学、IT、AIなど、アメリカ発のサービスや文化は世界に強い影響を与えています。
本書の考え方に当てはめれば、生産や商業よりも金融と文化の力が目立つ状況は、覇権サイクルの後半に見られる特徴とも考えられます。
国家だけではなく企業やプラットフォームが世界を動かす時代
本書では、新しい覇権国家が単純に東アジアから現れる可能性についても慎重な見方を示しています。
将来の競争は、単純な国対国ではなく、より広い地域や国家を超えた単位で起こる可能性があると考えられていました。
現在を見ると、この考え方には興味深い部分があります。
巨大IT企業やAI企業、SNSプラットフォームなどは、国家の枠を超えて世界中に影響力を持っています。
一方で、米中対立、半導体輸出規制、経済安全保障などを見る限り、国民国家そのものが重要性を失ったわけではありません。
つまり現代は、国家同士の競争に加えて、巨大企業やプラットフォームが重なり合う複雑な構造になっていると考えられます。
成熟した経済は金融へ重心を移す
本書では、成熟した経済が次第に金融へ重心を移していく現象について触れています。
動画では、これを日本でよく使われる「産業の空洞化」という言葉とも関連付けています。
工場や製造業が海外へ移転し、国内では金融やサービス業の比重が高まっていくという流れです。
政策によって製造業の国内回帰を促すことは可能かもしれません。
しかし、本書ではより長い歴史的な視点から見ると、生産から金融へと軸足が移っていくことは成熟経済に見られる自然な変化として描かれています。
この現象は現在のアメリカだけに見られるものではありません。
過去の覇権国家でも同じようなことが起きています。
18世紀のオランダでは資本がイギリスへ向かった
17世紀に世界経済の中心となった国の1つがオランダです。
しかし18世紀になると、オランダは生産や商業の面で徐々に優位性を失っていきました。
それでも金融面では長期間にわたって強い影響力を維持していました。
国内で魅力的な投資先が少なくなるにつれ、オランダの資本家たちは海外へ投資するようになります。
その代表的な投資先が、当時成長しつつあったイギリスでした。
動画によると、アムステルダムの有力市民の財産記録を見ると、国外資産の多くがイギリスへ向かっていたとされています。
フランスではなくイギリスを選んでいたことも重要です。
結果的に、イギリスはその後の世界経済で覇権を握る国となりました。
つまり、覇権を失いつつあったオランダの投資家は、自国ではなく次に成長する国へ資金を移すことで資産を守っていたことになります。
イギリスの資本もアメリカへ向かった
同じ現象は、その後のイギリスでも起きました。
19世紀末になると、イギリス国内の工業生産は以前ほどの勢いを失います。
すると、国内の工業投資よりも海外への投資が増えていきました。
その資本の主要な受け入れ先の1つがアメリカでした。
つまり、
オランダ → イギリス → アメリカ
という形で、世界経済の中心が移る前に、資本が先に移動していたことになります。
ここで重要なのは、その資金を動かした主体が必ずしも政府ではなかったことです。
より高い収益を求める投資家1人ひとりが合理的に資金を動かした結果として、資本が次の成長地域へ流れていきました。
日本人がオルカンやS&P500を買う構図
ここで動画は現在の日本へ話を移します。
新NISAの普及によって、日本では投資信託を通じた海外投資が拡大しています。
特に人気を集めているのが、全世界株式へ分散投資するオルカンと、アメリカの代表的な株価指数であるS&P500に連動する投資信託です。
オルカンは「全世界株式」と呼ばれていますが、その構成の大きな部分をアメリカ株が占めています。
そのため、日本の投資家がオルカンやS&P500を積み立てるということは、結果としてかなりの金額をアメリカ企業へ投資していることになります。
動画では、日本の個人投資家が日本株を売却しながら外国株へ資金を移している状況についても触れています。
この構図は、18世紀のオランダ人が国内ではなく成長するイギリスへ投資した姿と重ねて見ることができます。
オルカン投資は合理的判断なのか、成熟国家の現象なのか
ここで興味深い疑問が生まれます。
日本人がオルカンやS&P500へ投資するのは、単純に期待リターンを考えた合理的な資産形成なのでしょうか。
それとも、成熟した国の住民が自然と海外へ資産を移す歴史的な現象なのでしょうか。
動画では、この2つは必ずしも矛盾しないと考えています。
18世紀のオランダ人がイギリスへ投資したことも、当時の個人にとって合理的な判断でした。
同時に、それはオランダ経済が成熟し、国内に十分な投資機会を見つけにくくなった結果でもありました。
現在の日本人による海外投資も、同じように個人の合理的判断と国家の成熟という2つの要素が重なっている可能性があります。
覇権を失っても国が突然貧しくなるわけではない
「国が衰退する」と聞くと、急激に貧しくなるイメージを持つ人もいるかもしれません。
しかし本書では、覇権を失ったからといって、その国が突然低所得国に逆戻りするわけではないと説明しています。
代表的な例がイギリスです。
かつて世界最大の工業国だったイギリスは、その地位を失いました。
しかし英語は現在も世界共通語として使われ、ロンドンは世界有数の金融都市として存在しています。
大学、教育、文化、社会制度なども長期間にわたって維持されています。
つまり、工業力や国際的な経済シェアが低下しても、生活水準や社会制度まで同じ速度で失われるわけではありません。
「イギリス衰退論」は200年以上続いている
動画では、イギリスの衰退論が200年以上にわたって語られてきたという点にも注目しています。
これは投資家にとって重要な教訓です。
大国の衰退を分析する理論が正しかったとしても、その変化がいつ起こるのかという問題は別だからです。
例えば、ある国が長期的に衰退すると予測できたとしても、その変化に100年や200年かかるのであれば、個人投資家の運用期間とは大きく異なります。
一般的な長期投資の期間は、長くても数十年程度です。
そのため、「いつか衰退する」という話と「今すぐ投資対象から外す」という判断は分けて考える必要があります。
日本についても同じです。
人口減少や成熟経済などを理由に、「日本は終わる」といった極端な表現が使われることがあります。
しかし、歴史を見ると成熟国家の変化は非常にゆっくり進む場合があります。
成熟した社会では老後を「資産」で支えるようになる
一方で、成熟した国には別の問題もあります。
本書では近世イギリス社会について、家族構造の変化や高齢者の生活についても取り上げています。
動画では、イギリスが早い段階から核家族化していたことに注目しています。
家族や地域共同体が高齢者を支える力が弱くなると、個人が自ら老後を準備する必要が強まります。
この点は現在の日本とも重なります。
老後資金を自分で準備し、NISAや投資信託を利用しながら資産形成を行う。
「いくら貯めれば仕事を辞められるのか」「老後にいくら必要なのか」と考えること自体が、成熟した社会に生きる人々の特徴とも捉えられます。
その意味で、オルカンやS&P500への積立投資は単なる投資ブームではなく、社会構造の変化とも関係しているのかもしれません。
大国の衰退で重要なのは「いつ」なのか
本書の重要なポイントは、すべての覇権国家がいずれ衰退するということです。
オランダもイギリスも世界経済の中心から退きました。
アメリカも永久に現在の地位を維持できるとは限りません。
日本についても同様です。
ただし、「いつか衰退する」ということと、「今すぐ衰退する」ということはまったく違います。
衰退の時期を正確に予測することは極めて難しく、だからこそ歴史を見る際には時間軸を意識する必要があります。
長期的な歴史の流れと、個人の30年程度の投資期間を同じものとして考えてはいけません。
日本が学ぶべきなのは「上り方」ではなく「下り方」
本書の中で特に重要な考え方として紹介されているのが、イギリスの衰退の「緩やかさ」です。
イギリスは世界最大の工業国という立場を失いました。
しかし、その後も先進国として一定の生活水準や文化的影響力を維持し続けています。
つまり、日本が学ぶべきなのは「どうすれば世界一になれるのか」だけではありません。
世界一ではなくなった後に、どうすれば生活水準や社会の豊かさを維持しながら、ゆっくりと変化できるのかという点です。
いわば「上り方」ではなく、「下り方」を学ぶという考え方です。
日本の文化的影響力は30年間で変化した
本書が書かれた1995年当時、日本について懸念されていたことの1つが文化的な発信力でした。
当時、日本を代表する輸出品といえば自動車や家電でした。
一方で、文化や生活様式を世界へ輸出する力については、まだ十分ではないと考えられていました。
しかし、その後の約30年間で状況は大きく変わったと動画では指摘しています。
現在、日本はアニメ、漫画、ゲーム、食文化などで世界的な存在感を持っています。
寿司やラーメンといった日本食、日本のコンビニ文化、観光なども海外から注目されています。
家電産業ではかつてほどの圧倒的な強さを持たなくなり、自動車産業も海外メーカーとの競争にさらされています。
しかしその一方で、文化やソフト面の影響力は以前より強まったと見ることもできます。
本書では、経済的な衰退が避けられない場合でも、文化は長期間にわたって国の影響力を支える可能性があるとされています。
その意味では、日本は1995年当時よりも文化的な資産を世界へ発信できるようになったとも考えられます。
資本は成長する場所へ先に動く
今回の動画を通じて見えてくる大きなテーマが、資本の移動です。
覇権国家は永遠に同じ地位にとどまるわけではありません。
生産力が低下し、商業力が弱まり、その後も金融や文化は長く残ります。
そして国内で有利な投資先が少なくなれば、資金は次に成長する地域へ向かいます。
オランダの資金はイギリスへ向かい、イギリスの資金はアメリカへ向かいました。
現在、日本の個人投資家はオルカンやS&P500を通じて海外へ資金を振り向けています。
この行動は、個人にとっては合理的な資産形成でありながら、歴史的に見れば成熟国家に見られる資本移動の1つとも捉えることができます。
オルカン投資は「緩やかに下りるための準備」なのか
オルカンやS&P500への積立投資を、「日本を見限る行動」と考える必要はありません。
むしろ、日本に住みながら世界経済の成長を自分の資産へ取り込む方法と考えることができます。
国の成長率が低下しても、個人は資本を世界へ分散させることができます。
これは、過去のオランダ人やイギリス人が行ったことと似ています。
成熟した国に住みながら海外の成長を取り込み、資産を形成して生活を支える。
動画では、この行動を「日本という国に生きながら、緩やかに下りていくための準備」と見ることもできるのではないかと考察しています。
まとめ
今回の動画では、『イギリス繁栄のあとさき』を手がかりに、覇権国家の盛衰と現在の日本人による海外投資を重ね合わせています。
歴史上、覇権は生産、商業、金融、文化という順番で形成され、衰退する際にも同じような順番で力を失っていくと考えられています。
そして成熟した国では、国内の投資機会が減るにつれて資本が海外へ向かう傾向があります。
18世紀のオランダ人はイギリスへ投資し、19世紀末のイギリス人はアメリカへ投資しました。
現在の日本人も、オルカンやS&P500を通じて海外へ大量の資金を投じています。
ただし、大国の衰退は非常に長い時間をかけて進むものです。
イギリスでは200年以上にわたって「衰退」が語られてきましたが、現在も世界有数の先進国であり、金融や文化では大きな影響力を持っています。
そのため、「日本は衰退する」「アメリカは衰退する」という議論だけで短期的な投資判断を決めるのは危険です。
重要なのは、国家の盛衰と個人の投資期間を分けて考えることです。
そしてオルカンやS&P500を通じた海外投資は、単なる流行ではなく、成熟国家の住民が資産を世界へ分散し、将来に備えるという歴史的な流れの中に位置付けることもできます。
日本がこれから目指すべきなのは、再び世界一になることだけではなく、生活水準や文化的な豊かさを維持しながら、いかに緩やかに成熟していくかということなのかもしれません。


コメント