本記事は、YouTube動画『ドイツが国防費34兆円へ倍増へ なぜ軍事を避けてきた国が再軍備を進めるのか』の内容を基に構成しています。
ドイツ政府が、2030年の国防関連予算を1837億ユーロ、日本円にして約34兆円まで増やす方針を打ち出しました。
2026年の水準から、わずか4年で2倍以上に増える計算です。日本の年間防衛費が約9兆円であることを考えると、ドイツの国防関連支出は日本の3倍を超える規模になります。
ドイツといえば、高性能な自動車を生産するものづくり大国、環境政策を重視する国、そして2度の世界大戦への反省から軍事力の行使に慎重な国というイメージがあります。
実際、戦後のドイツは約80年間にわたり、軍事力の拡大を避け、財政規律と経済成長を重視する道を歩んできました。
ところが現在のドイツは、「ヨーロッパ最強の通常戦力を持つ軍隊をつくる」と宣言し、国防費を増やすために憲法に相当する基本法まで改正しています。
これは単なる軍事予算の増額ではありません。
戦後ドイツを支えてきた「軍事を抑え、借金を避け、経済力によって国を守る」という国家の基本方針そのものが変更されつつあるということです。
なぜ、軍事力を抑えることを国是としてきたドイツが、借金をしてでも再軍備を進めるのでしょうか。
その背景には、ロシアによるウクライナ侵攻、アメリカの安全保障政策の変化、ドイツ経済の低迷、そしてヨーロッパ全体の防衛体制の再構築があります。
ドイツが軍事力を避けてきた歴史的背景
ドイツの安全保障政策を理解するためには、まず20世紀の歴史を振り返る必要があります。
ドイツは20世紀に起きた2度の世界大戦で中心的な役割を果たし、いずれの戦争でも敗戦国となりました。
特に第2次世界大戦では、ヨーロッパ全体で数千万人規模の犠牲者が出ました。ドイツ自身も国土の多くを破壊され、戦後は西ドイツと東ドイツに分割されました。
この経験から、戦後のドイツ社会には「2度と戦争を始める国にはならない」という考え方が深く根づきました。
1955年、冷戦が激しくなるなかで西ドイツは再軍備を行い、北大西洋条約機構であるNATOに加盟しました。
ただし、西ドイツが設立した連邦軍は、過去のドイツ軍とは異なる制度によって厳しく管理されました。
ドイツ連邦軍は「議会の軍」と呼ばれています。海外への派遣や重要な軍事行動には、原則として議会の承認が必要です。
また、兵士は「制服を着た市民」と位置づけられています。上官から命令を受けた場合でも、人間の尊厳や良心に反する命令には従わない権利が認められています。
これは、ナチス・ドイツ時代に「命令に従っただけ」という説明が繰り返されたことへの反省を、軍の制度そのものに組み込んだものです。
冷戦時代のドイツは欧州有数の軍事国だった
戦後のドイツは軍事力を抑えていたという印象がありますが、冷戦期の西ドイツは決して軍事力の小さな国ではありませんでした。
西ドイツは、西側陣営と東側陣営が向き合う最前線に位置していました。
国境の向こう側には、ソ連の影響下にある東ドイツが存在し、その背後にはワルシャワ条約機構の大規模な軍隊が展開していました。
仮にNATOとソ連を中心とする東側諸国の間で戦争が起きれば、最初の戦場になる可能性が高かったのはドイツです。
そのため、冷戦期の西ドイツ連邦軍は約50万人の兵力を抱えていました。東西ドイツ統一直後には、戦車を約6000両保有する欧州有数の陸軍となっていました。
つまり、戦後ドイツは軍事そのものを完全に放棄したわけではありません。
アメリカを中心とするNATOの枠組みのなかで、強力な軍事力を保有しながらも、その運用を議会と法律で厳しく制限していたのです。
ベルリンの壁崩壊後に始まった大幅な軍縮
ドイツの軍事政策が大きく変化したのは、1989年のベルリンの壁崩壊と、1991年のソ連崩壊以降です。
東西冷戦が終結したことで、ドイツの目の前に存在していた軍事的脅威は急速に弱まりました。
そこでドイツ政府は軍事費を削減し、その分の予算を経済政策や社会保障に振り向けるようになります。
冷戦終結によって不要になった軍事費を、民間経済や福祉に回す政策は「平和の配当」と呼ばれます。
当時のドイツには、軍事費以外に優先してお金を使う必要がありました。
1990年の東西ドイツ統一によって、旧東ドイツ地域の道路、工場、通信網、住宅、公共サービスなどを立て直す必要があったからです。
東西の経済格差を縮小する事業は、数十年にわたる巨大な国家プロジェクトとなりました。
軍隊を維持するよりも、統一した国の経済と社会を再建することを優先するという判断は、当時のドイツにとって自然な選択でした。
その結果、冷戦期に約50万人いたドイツ軍の兵力は、約18万人まで縮小しました。
約6000両あった戦車も大幅に削減され、主力戦車レオパルト2の保有数は約300両まで減少しました。
2011年には徴兵制も停止されました。
国防費は国内総生産であるGDPの1%台前半まで低下し、NATOが加盟国に求めていたGDP比2%という目標を長期間にわたって達成しませんでした。
「安全保障はアメリカ、エネルギーはロシア、市場は中国」
ドイツが軍事費を抑えることができた最大の理由は、アメリカの軍事力に依存できたことです。
ヨーロッパには多数の米軍部隊が駐留し、アメリカの核抑止力もドイツを含むNATO加盟国を守っていました。
ドイツは自国の国防費を抑えながら、アメリカの安全保障体制のもとで経済成長を続けることができたのです。
さらにドイツは、ロシアから安価な天然ガスを輸入していました。
代表的な存在が、バルト海の海底を通ってロシアからドイツへ天然ガスを直接運ぶノルドストリームです。
ウクライナ侵攻前、ドイツは輸入する天然ガスの50%以上をロシアに依存していました。
安いロシア産ガスは、ドイツの化学産業、自動車産業、機械産業などの競争力を支える重要な要素でした。
そして、ドイツ企業が生産した自動車や機械は、成長を続ける中国市場で大量に販売されました。
つまり、ドイツ経済は次の3つの依存関係によって支えられていたことになります。
- 安全保障はアメリカに依存する
- エネルギーはロシアに依存する
- 製品の販売市場は中国に依存する
この仕組みは、世界が比較的平和であり、大国同士の経済関係が維持されることを前提としていました。
しかし、2020年代に入り、この3つの前提が同時に崩れ始めます。
2022年のウクライナ侵攻がドイツを変えた
ドイツの安全保障政策を根本から変えたのが、2022年2月に始まったロシアによるウクライナへの全面侵攻です。
ヨーロッパの大国が、軍事力を使って隣国の領土を奪おうとする事態が現実に起きました。
第2次世界大戦後のヨーロッパでは、大規模な国家間戦争は起きないという考え方が広がっていました。
しかし、ウクライナ侵攻によって、その前提は崩れました。
侵攻開始から3日後、当時のオラフ・ショルツ首相はドイツ連邦議会で演説を行いました。
そこで使われた言葉が「ツァイテンヴェンデ」です。
ツァイテンヴェンデは、日本語では「時代の転換点」や「時代の大転換」と訳されます。
ショルツ首相は演説のなかで、ドイツ連邦軍のために1000億ユーロ、日本円で約18兆円の特別基金を創設すると表明しました。
軍事費の増額に慎重だったドイツにとって、極めて大きな政策転換でした。
この特別基金によって、ドイツの国防費はNATOの目標であるGDP比2%に到達しました。
ただし、この1000億ユーロは恒久的な予算ではありません。
1回限りの特別基金であり、使い切れば終了します。
家計に例えるなら、毎月の給与を増やしたのではなく、一時的なボーナスで不足分を補ったようなものです。
ドイツ軍を継続的に強化するためには、通常の国防予算そのものを増やす必要がありました。
ロシアの軍備拡大とアメリカの変化
ドイツが一時的な特別基金だけでは不十分だと判断した理由は、大きく2つあります。
1つ目は、ロシアの軍事的脅威が長期化していることです。
ウクライナ戦争は短期間では終わらず、ロシアは国家全体を戦時体制へ移行させました。
ロシア政府は国家予算の大きな割合を軍事関連に振り向け、砲弾、ミサイル、戦車、無人機などの生産を拡大しています。
ドイツ政府や情報機関の間では、2020年代の終わり頃までにロシアが軍備を再建し、NATO加盟国に圧力をかける可能性があるとの警戒感が強まっています。
ドイツ自身も、ウクライナに戦車や防空システムなどを提供しています。
支援規模では、アメリカに次ぐ有力な支援国の1つとなりました。
ドイツにとって、ロシアとウクライナの戦争は、遠く離れた国の問題ではなくなっています。
2つ目の理由は、アメリカの安全保障政策の変化です。
アメリカでは、ヨーロッパの防衛費をヨーロッパ自身が負担すべきだという主張が強まっています。
特にトランプ大統領は、十分な国防費を負担しないNATO加盟国に対して厳しい姿勢を示してきました。
アメリカの軍事的な関心は、中国やインド太平洋地域へ移りつつあります。
将来的に、ヨーロッパに駐留する米軍の規模が縮小する可能性もあります。
これまでドイツは、アメリカの安全保障上の保護が続くことを前提としてきました。
しかし現在は、その保護が無条件で維持されるとは限りません。
そのため、ドイツを含むヨーロッパ各国は、自国や欧州地域の防衛を自ら担う必要に迫られています。
NATOが国防関連支出GDP比5%を目標に
ヨーロッパの安全保障環境の変化を象徴したのが、オランダのハーグで開かれたNATO首脳会議です。
この会議では、加盟国が2035年までに国防関連支出をGDP比5%へ引き上げる目標が示されました。
内訳は、軍隊や装備品などの中核的な国防費がGDP比3.5%、サイバー防衛、インフラ整備、通信、エネルギー安全保障などの関連支出がGDP比1.5%です。
従来の目標はGDP比2%でした。
そのため、5%という目標は、国防関連支出の考え方を大きく変えるものです。
ただし、すべての加盟国が同じ速度で国防費を増やせるわけではありません。
財政状況や国内世論によって、国ごとに温度差があります。
そのなかで、ドイツは新しい目標に積極的な国の1つとなっています。
メルツ政権が「欧州最強の軍隊」を宣言
ドイツのメルツ首相は、就任後の演説で、ドイツ連邦軍を通常戦力においてヨーロッパ最強の軍隊にすると表明しました。
通常戦力とは、核兵器以外の戦車、航空機、艦艇、砲兵、無人機、サイバー部隊などの軍事力を指します。
メルツ首相は、その目標を達成するために必要な資金を提供するとしています。
ドイツ軍の兵力についても、現在の約18万人から26万人規模への増強が検討されています。
さらに、18歳の男性を対象に兵役への意思を確認する制度も導入されました。
まずは志願制を基本としながら、志願者が不足した場合には、徴兵制を部分的に復活させる可能性もあります。
2011年に徴兵制を停止したドイツが、再び兵役制度の強化を議論していることは、政策転換の大きさを示しています。
再軍備を阻んだ「債務ブレーキ」とは
ドイツが国防費を増やすうえで最大の障害となったのは、ロシアやアメリカではなく、ドイツ自身の財政ルールでした。
ドイツには「債務ブレーキ」と呼ばれる制度があります。
これは、連邦政府が新たに行う借金を、原則としてGDP比0.35%までに制限するものです。
日本で例えるなら、国債の新規発行額の上限が憲法に書かれているような制度です。
債務ブレーキは、通常の法律ではなく、ドイツの憲法に相当する基本法に規定されています。
そのため、変更するためには連邦議会などで3分の2以上の賛成が必要になります。
政権が交代しただけでは、簡単に変更できません。
ドイツがここまで借金を警戒する背景には、約100年前に経験したハイパーインフレがあります。
1923年のハイパーインフレが残した記憶
第1次世界大戦に敗れたドイツは、巨額の賠償金を負担することになりました。
財政が悪化した政府は大量の紙幣を発行し、その結果、通貨の価値が急速に下落しました。
1923年には、パン1個の価格が数千億マルクに達するほどのハイパーインフレが発生しました。
物価が短時間で上昇するため、労働者は給与を受け取ると、すぐに商品を買いに走りました。
翌日までお金を持っているだけで、購買力が大きく失われたからです。
大量の紙幣が、暖炉の燃料として使われたという逸話も残っています。
最終的にドイツ政府は、レンテンマルクという新しい通貨を導入しました。
1兆マルクを1レンテンマルクと交換する大規模な通貨改革が行われ、ハイパーインフレは収束しました。
しかし、貯蓄を失った国民の不満や社会不安は、政治の過激化につながりました。
その後のナチス台頭の土壌の1つになったとも指摘されています。
この経験から、ドイツ社会ではインフレと政府債務が、単なる経済問題ではなく、国家の崩壊につながる危険なものとして記憶されました。
戦後のドイツでは、通貨の安定と財政規律が国家運営の基本となりました。
ドイツ連邦銀行は、世界でも特にインフレに厳しい中央銀行として知られています。
2009年に憲法へ書き込まれた財政規律
2008年のリーマン・ショック後、多くの国が財政出動や金融緩和を拡大しました。
一方、ドイツは2009年に債務ブレーキを基本法へ書き込みました。
将来の政権が簡単に借金を増やせないよう、自らの手を縛ったのです。
2010年代のドイツは、新規国債の発行を抑える「黒いゼロ」と呼ばれる均衡財政を重視しました。
ギリシャなど南ヨーロッパの国々が債務危機に陥った際には、支援の条件として緊縮財政を強く求めました。
ドイツはヨーロッパのなかで、財政規律を守る優等生であると同時に、他国にも厳しい財政管理を求める存在でした。
そのドイツが、自ら債務ブレーキを修正したことは、ヨーロッパ経済にとって歴史的な出来事です。
防衛費を債務ブレーキの対象外に
ドイツ連邦議会は基本法を改正し、GDP比1%を超える防衛関連支出を債務ブレーキの対象外としました。
これは、防衛目的であれば、従来の財政ルールに縛られずに国債を発行できることを意味します。
事実上、ドイツは防衛費のための借金に対する上限を大幅に緩和しました。
同時に、5000億ユーロ、日本円で約93兆円規模のインフラ投資基金も設立されました。
この基金は、約12年間にわたり、老朽化した鉄道、橋、電力網、通信網、デジタル基盤などの整備に使われる計画です。
基本法改正には議会の3分の2以上の賛成が必要でしたが、採決では大差で可決されました。
長年にわたり借金を避けてきたドイツが、国防とインフラのために国債を活用する道を選んだのです。
2030年の国防関連予算は約34兆円へ
基本法改正によって財政上の障害が取り除かれたことで、ドイツ政府は本格的な国防費の増額に動き始めました。
2030年の国防関連予算は1837億ユーロ、日本円で約34兆円に達する見通しです。
2026年の水準と比較すると、4年間で2倍以上となります。
2027年には国防省の予算を1097億ユーロへ引き上げ、特別基金と合わせてNATOが示す中核的国防費GDP比3.5%を2029年までに達成する方針も示されています。
ウクライナへの支援についても、高い水準を維持する計画です。
一方で、国防費の増額は借金だけで賄われるわけではありません。
政府は各省庁の予算削減、社会保険制度の改革、暗号資産への課税、酒税やたばこ税の引き上げなども検討しています。
国防費が増える一方で、国民の負担が増える可能性もあります。
再軍備は国家の安全保障を強化する政策ですが、同時に国民生活へ痛みを伴う財政改革でもあります。
ドイツの再軍備は3段階で進んだ
ドイツの安全保障政策の転換は、大きく3段階に分けられます。
第1段階は、2022年に創設された1000億ユーロの特別基金です。
これは、ロシアのウクライナ侵攻を受けた緊急対応でした。
第2段階は、基本法を改正し、防衛費を債務ブレーキの対象外としたことです。
これによって、国防費を長期的に増やすための制度が整いました。
第3段階は、通常の国防予算を恒久的に増やし、2030年までに現在の2倍以上にすることです。
一時的な基金によって不足を補う段階から、国家予算そのものを組み替える段階へ移行したことになります。
ドイツの再軍備は、すでに一時的な政策ではなく、新しい国家戦略として定着しつつあります。
防衛産業の成長とラインメタル
国防費の増加によって、最も直接的な恩恵を受けるのが防衛産業です。
ドイツには、ラインメタルというヨーロッパ最大級の防衛企業があります。
ラインメタルは、戦車砲、砲弾、装甲車、防空システムなどを生産する企業です。
創業から130年以上の歴史を持ち、欧州の防衛産業を代表する存在となっています。
ウクライナ侵攻以降、各国が弾薬や兵器の在庫を増やしているため、ラインメタルへの注文は急増しました。
受注残高は年間売上高の数年分に相当する規模まで拡大しています。
防衛企業は、政府が購入者となるため、国家予算によって長期間の需要が保証されやすいという特徴があります。
景気が悪化しても、国防上必要な装備品の発注が突然なくなる可能性は低いからです。
この安定性が投資家から評価され、ラインメタルの株価はウクライナ侵攻前と比べて大幅に上昇しました。
自動車産業から防衛産業へ移る人材と設備
これまでドイツ経済の中心は、フォルクスワーゲン、BMW、メルセデス・ベンツなどの自動車産業でした。
しかし現在、ドイツの自動車企業は大きな転換期を迎えています。
電気自動車への対応の遅れ、中国の自動車メーカーとの競争、エネルギー価格の上昇などによって、収益環境が悪化しています。
一部では、工場の閉鎖や人員削減も検討されています。
その一方で、防衛企業は生産能力の拡大を進めています。
自動車関連工場の設備や技術者を、防衛産業が引き受ける動きも出ています。
自動車産業で培われた精密加工、金属加工、電子制御、量産技術は、防衛装備品の生産にも活用できます。
かつて自動車企業が中心だったドイツ産業の構造が、防衛、航空宇宙、サイバー、AIなどへ移行する可能性があります。
5000億ユーロのインフラ基金が意味するもの
ドイツの政策は、単なる軍事力の増強ではありません。
防衛費と同時に、5000億ユーロ規模のインフラ基金が創設されている点が重要です。
資金は鉄道や道路、橋の補修だけでなく、電力網、通信網、データセンター、デジタル技術、研究開発にも使われます。
現代の安全保障では、戦車や戦闘機だけで国を守ることはできません。
通信網が攻撃されれば、行政や企業の活動が停止する可能性があります。
発電所や送電網がサイバー攻撃を受ければ、社会全体が混乱します。
戦場では、ドローンが偵察を行い、AIが大量の情報を分析し、衛星通信によって部隊が連携します。
そのため、AI、半導体、データセンター、通信、電力インフラへの投資は、防衛力の強化と密接に関係しています。
ドイツは防衛を入り口として、国全体の産業基盤とインフラを作り直そうとしているのです。
低迷するドイツ経済の新たな成長戦略
ドイツが国防とインフラに巨額の投資を行う背景には、経済の停滞もあります。
ドイツ経済は、ロシアからの安い天然ガスを失いました。
中国市場では、自動車や機械の分野で中国企業との競争が激しくなっています。
アメリカの安全保障政策も変化し、従来のように軍事費を抑えることが難しくなっています。
つまり、ドイツ経済を支えてきた「安全保障はアメリカ、エネルギーはロシア、市場は中国」という仕組みが同時に崩れています。
ドイツ政府は、防衛、インフラ、AIへの投資を、次の経済成長の柱にしようとしています。
安全保障のための支出を、国内産業の育成、雇用の創出、技術開発、景気対策にも利用しようとしているのです。
ヨーロッパ全体でも、防衛関連支出を拡大する計画が進んでいます。
さらに、防衛予算をできるだけ欧州企業に発注すべきだという考え方も広がっています。
これまで世界の防衛市場では、アメリカ企業が大きなシェアを占めていました。
今後、欧州諸国が欧州企業から装備品を購入するようになれば、ヨーロッパに新たな防衛産業の集積が生まれる可能性があります。
ドイツの財政拡張が金利に与える影響
ドイツの政策には、経済成長を促す効果が期待される一方で、リスクもあります。
代表的なリスクが金利の上昇です。
ドイツが財政拡張を行い、国債の発行を増やす方針を示すと、ドイツ国債が売られ、長期金利が急上昇する場面がありました。
ドイツ国債は、ユーロ圏で最も信用力が高い国債の1つです。
他の欧州国債の金利を判断する基準にもなっています。
そのドイツが国債を大量に発行すれば、ユーロ圏全体の金利が上昇する可能性があります。
金利が上がれば、住宅ローン、企業融資、政府の利払い負担も増えます。
借金による投資が経済成長につながれば問題は小さくなります。
しかし、投資の効果が十分に出なければ、将来世代に大きな債務だけが残る可能性もあります。
世界的な国債増発は日本にも影響する
ドイツの財政拡張は、日本にとっても無関係ではありません。
現在、ヨーロッパだけでなく、アメリカやアジア各国も防衛費やインフラ投資を増やしています。
各国政府が国債を大量に発行すれば、世界の金融市場では投資資金の奪い合いが起きます。
国債は、政府が投資家からお金を借りるために発行する証券です。
世界中の政府が同時に国債を増発すると、投資家に購入してもらうため、より高い金利を提示する必要があります。
その結果、世界的に長期金利が上昇する可能性があります。
海外の金利上昇は、日本の国債市場や住宅ローン金利、企業の借入金利にも影響します。
日本銀行の政策だけで、日本国内の金利が決まるわけではありません。
世界の国債市場の変化が、日本の家計や企業の資金調達にも波及する可能性があります。
日本も防衛費を急速に増やしている
ドイツと同様に、日本も防衛費を増やしています。
日本の防衛費は9兆円を超える規模となり、2022年度と比べて大幅に増加しました。
GDP比2%という目標についても、補正予算などを含めて前倒しで達成する方針が示されています。
防衛費増額の財源として、所得税、法人税、たばこ税などを利用する議論も進められています。
ただし、防衛予算の総額が増えたからといって、そのすべてを新しい兵器や技術開発に使えるわけではありません。
防衛装備品は、契約から納入まで数年かかることがあります。
過去に購入を決めた戦闘機、ミサイル、艦艇などの代金を、複数年に分けて支払う場合もあります。
そのため、予算総額が増えていても、その年に新しく自由に使える金額は、見た目ほど大きくない可能性があります。
日本にもさらなる防衛費増額が求められる可能性
これまで日本の防衛費増額では、GDP比2%が大きな目標とされてきました。
しかし、NATOでは中核的国防費3.5%、関連支出を含めて5%という新しい基準が示されています。
アメリカが日本に対して、さらに防衛費を増やすよう求める可能性もあります。
日本はNATO加盟国ではありませんが、アメリカの同盟国であり、中国、北朝鮮、ロシアに近い位置にあります。
インド太平洋地域の安全保障が重視されるなか、日本の負担を増やすべきだという議論が強まる可能性があります。
GDP比2%を達成すれば防衛費の増額が終わると考えるのは、楽観的かもしれません。
ドイツと日本で異なる防衛費の支払い方
ドイツと日本では、防衛費を増やすための方法が異なります。
ドイツは、基本法を改正し、国債発行によって国防費を増やす道を選びました。
その一方で、防衛投資をインフラ、AI、研究開発と組み合わせ、経済成長によって債務を支える計画を描いています。
日本は、国債だけでなく、増税も組み合わせて防衛費を確保しようとしています。
どちらの方法が正しいと単純に判断することはできません。
借金を増やせば、金利上昇や将来世代の負担につながる可能性があります。
増税をすれば、現在の家計や企業の負担が増え、消費や投資を弱める可能性があります。
重要なのは、防衛費の増加を単なる支出で終わらせず、技術開発、国内生産、雇用、インフラ整備などにつなげられるかどうかです。
ドイツ語では借金と罪が近い言葉
ドイツ社会が借金をどれほど重く捉えているかを象徴する言葉があります。
ドイツ語の「Schuld」には、罪、責任、負い目といった意味があります。
借金や債務を表す際には、複数形の「Schulden」が使われます。
つまり、ドイツ語では、借金と罪が同じ語源を持っています。
英語では借金は「debt」、罪悪感は「guilt」と異なる言葉です。
日本語でも、借金と罪は別の言葉です。
ドイツ人にとって借金は、単なる資金調達の方法ではなく、道徳的な責任を伴うものとして捉えられてきたと考えられます。
そのドイツが債務ブレーキを緩和したことは、経済政策の変更以上に、社会の価値観そのものを変える決断だったといえます。
「シュヴァーベンの主婦」に象徴される財政観
ドイツのメルケル元首相が財政規律を説明する際に、たびたび使った言葉が「シュヴァーベンの主婦」です。
シュヴァーベンは、ドイツ南西部にある地域で、倹約を重視する土地柄として知られています。
家庭では、収入以上のお金を使うべきではない。
国家財政も家計と同じように、入ってくるお金の範囲で運営すべきだ。
この考え方が、シュヴァーベンの主婦という表現に込められています。
経済学的には、国家と家計を単純に同じものとして扱うことには議論があります。
国家は通貨や税制を管理し、長期間にわたって借金を借り換えることができるからです。
それでも、国民感情の面では「借金をしないことが正しい」という価値観が、長年にわたりドイツの政治を支えてきました。
今回の政策転換は、その価値観よりも安全保障上の危機を優先したことを意味します。
まとめ
ドイツ政府は、2030年の国防関連予算を1837億ユーロ、日本円で約34兆円まで増やす方針を示しました。
背景には、ロシアによるウクライナ侵攻、アメリカの安全保障政策の変化、NATOの新たな国防費目標、そしてドイツ経済の停滞があります。
戦後のドイツは、軍事力を抑え、アメリカの安全保障に依存しながら、ロシアのエネルギーと中国市場を利用して経済成長を続けてきました。
しかし、その前提はすべて崩れつつあります。
ドイツは2022年に1000億ユーロの特別基金を創設し、続いて基本法を改正して防衛費を債務ブレーキの対象外としました。
さらに、通常の国防予算を恒久的に増やし、ヨーロッパ最強の通常戦力を持つ軍隊を目指しています。
同時に、5000億ユーロのインフラ基金を活用し、鉄道、電力網、通信、AI、データセンターなどへの投資も進めます。
ドイツの再軍備は、単なる軍事力の強化ではありません。
防衛、インフラ、デジタル技術を一体化させ、国家の産業構造そのものを作り直す計画です。
一方で、国債の増発による金利上昇、財政悪化、国民負担の増加といったリスクもあります。
平和も安全保障も無料ではありません。
どのように費用を負担し、その支出を経済成長や技術開発につなげるのかが、今後の重要な課題となります。
2度の世界大戦への反省から、軍事を避けることで平和を守ってきたドイツは、いま軍事力へ投資することで平和を守る国へ変わろうとしています。
これは国防費の増額にとどまらず、戦後ドイツの国家観と価値観を修正する歴史的な転換といえるでしょう。


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